アニーとリックの農作業奮闘記 ~ミーナ、畑で大はしゃぎ!?~
王都郊外の、のどかな丘陵地帯。
夏の日差しがじんわりと背中を温め、青空には入道雲がゆっくり流れていた。
アニーは額の汗をぬぐいながら、鍬を振るって土を起こしている。
その隣で、弟のリックが小さな鍬を握りしめ、黙々と地面を耕していた。
「リック、もうちょっと深く掘ったほうがいいかも」
アニーが声をかけると、リックはわずかに顔を上げ、こくりと小さくうなずいた。
口を開く代わりに、鍬の先で土を丁寧にほぐしながら、少しだけ速度を落とす。
彼はもともと人見知りで、知らない人と話すときはほとんど声が出ない。
姉のアニーや家族の前では話すこともあるが、それでも言葉数は少ない。
そのため、農作業中も会話はほとんどアニーから始まる。
「ほら、リック。そこの石、取っておこう」
「……うん」
低く小さな声が返ってくる。
と、背後から元気な声が響いた。
「アニー! リック! 来たよー!」
ミーナだ。今日は農作業の手伝いにやってきたらしい。両手には大きな麦わら帽子、背中にはなぜか小さな籠が背負われている。
「ミーナ、ありがとう。でも、その籠……何に使うの?」
「お野菜入れるの! あと、もしかしたら虫も入れるかも!」
にこにこと笑うミーナの横で、リックがわずかに身を引いた。虫が入った籠を背負っている人間がそばにいるのは、あまり気が進まないらしい。
「リックも、ほら、せっかくだしミーナに畑案内してあげなよ」
アニーが促すが、リックは目を伏せ、少し戸惑った表情を見せた。
ミーナと面と向かって話すのはまだ慣れていないのだ。
「……うん。こっち」
小さな声でそう言い、ほんの少しだけ前に出る。
リックは言葉が少ない代わりに、行動で示すタイプだ。
畝の端まで歩いて行くと、手で指し示すようにして
「……ここ、今日植える」
とだけ告げた。
「へぇー! ここに何を植えるの?」
「……トマト」
「トマト! 大好き!」
ミーナは両手を挙げて喜び、リックはほんの少しだけ口元をゆるめた。
やがて三人は並んで苗を植え始める。
アニーは手際よく苗を土に押し込み、リックは黙々と土をかけ、ミーナは……なぜか苗に話しかけていた。
「おいしく育ってねー。ミーナがちゃんとお水あげるからねー」
「……しゃべっても、育たないけど」
リックがぽつりと呟く。
「えっ、でもほら、気持ちは通じるって言うじゃない!」
「……たぶん、日当たりと水のほうが大事」
真顔で返され、ミーナは「うぅーん」と唸った。
そんなやり取りを横目に、アニーは笑みをこぼす。
普段あまり人と話さないリックが、こうして少しずつミーナと会話をしている――それだけで、なんだか嬉しかった。
昼下がりの畑は、太陽の光で土がほんのり温まり、草の匂いがふんわりと漂っている。
しかしその穏やかさとは裏腹に、現場はちょっとした戦場だった。
「リック! あっちの苗が曲がってるわ!」
「了解! でもこっちはこっちで虫が――ってミーナ! それは草じゃなくて苗ぇぇぇ!」
ミーナは片手にスコップ、片手に抜き取った“青々しい犯人”を誇らしげに掲げる。
「見て! 立派な雑草でしょ!」
「それ、雑草じゃなくてレタスだぁぁっ!」
リックは思わず頭を抱えた。隣でアニーは、肩を震わせながら笑いをこらえている。
「まぁまぁ、せっかくだしもうサラダにしちゃいましょ」
「いやいやいや、まだ育て途中だっての!」
リックの抗議をよそに、ミーナは土を落としてバスケットへポイ。
そのとき、どこからともなく白猫のノワールが畑に乱入してきた。
「にゃぁーん!」
勢いよく駆け抜けた拍子に、植えたばかりの苗がバタバタと倒れる。
「ぎゃあああああ!!」
リックとアニーの叫びが畑にこだました。
ミーナは慌てて猫を追いかけるが、スコップを持ったままなので足元が不安定だ。案の定、ズルっと土の上で滑り、見事に前のめりに転倒。
そして顔面は、ふかふかの土のクッションにダイブ――。
「……もぐもぐ」
「食べてる!? 土、食べてる!?」
慌ててリックが引き起こすと、ミーナの口元にはにっこり笑顔と、なぜか泥だらけのにんじんの頭。
「甘い……気がする!」
リックは少し戸惑いながらも、
「……そうかな?」
と静かに返した。
アニーは手ぬぐいを持ってきてミーナの顔を拭きながら、肩を震わせて笑っていた。
「ほんと、畑に出るとミーナってエネルギー爆発するわね」
「……爆発というか、災害!?のような」
リックのぼやきに、ミーナはぷくっと頬を膨らませる。
「失礼なのです!ミーナ、役に立ってるです?」
「倒れた…苗の数を見てから……」
それでも、夕方には苗の植え直しも終わり、畑はそれなりに形を取り戻した。
夕焼けの中、三人は腰を下ろし、畑を眺める。
「……なんだかんだで、ちゃんとできたわね」
「うん! 私たちのチームワークの勝利なのです!」
ミーナが胸を張ると、リックは小さくため息をついた。
「うーん……まあ、みんなで直すってことかな……」
そのやり取りにアニーがくすくす笑い、ノワールが膝に飛び乗ってきた。
畑は泥だらけ、服も髪も土まみれ――でも、それすら楽しいと思える一日だった。