アニーの弟リック、村へ行く! 〜ミーナと“はじめての冒険”〜
その日、グランフィード家の畑では、いつものようにミーナが猫たちと一緒にトマトの収穫をしていた。
「しろ〜、それはまだ青いのです! 食べられませんのーっ!」
にゃっと鳴いてトマトの茎から転げ落ちたしろを抱き上げながら、ミーナは満足そうに笑った。
そんなにぎやかな畑の端に、ひとりの小さな男の子がぽつんと立っていた。
赤茶けた髪に、母の手で整えられた前髪。アニーによく似た瞳をしているその子は、妹ミーナと同じくらいの年齢に見えた。
「……えっと、あなたは?」
ミーナが不思議そうに問いかけると、男の子は少しだけ身を引き、うつむいた。
「……ぼく、リック」
それは、アニーの弟。最近この村に引っ越してきたばかりの、ちょっと内気な男の子だった。
「リック、ミーナですっ! そして、こちらが……猫たちなのです!」
元気いっぱいに手を挙げたミーナの後ろでは、猫たちがずらりと並んでいた。
しろ、くろ、ぶち、しま、みけ──名物・グランフィード家の猫軍団である。
リックは目を丸くして、黙って彼らを見つめた。
猫たちも、珍しい客に興味津々といった様子で、じりじりと距離を詰めてくる。
「……にゃ?」
一番人懐っこい“しろ”が、リックの足元で小さく鳴いた。
「猫、すきなの?」
「……うん」
リックはそっとしゃがんで、しろの背をなでた。
その瞬間──猫の目がふわっと細くなり、のどをごろごろ鳴らす。
「にゃぁぁ〜……」
「わ、わっ……」
「しろはね、人見知りの子には、とても優しいのですよ!」
ミーナが自慢げに胸を張ると、しろがリックの膝の上にすとんと乗った。
「にゃ!」
「……ふふっ」
リックの頬が、少しだけほころんだ。
「それではっ、グランフィード畑と猫たちによる“畑の旅”──出発なのです!」
「……はたけ、の旅?」
「うん! ここにはね、美味しい野菜や、おどろきの秘密がいっぱいあるのですよ!」
そう言うやいなや、ミーナは猫たちに振り返って指を振った。
「しろ、くろ! トマト畑のガイドをお願いするのです!」
「にゃ!」
「にゃあ!」
猫たちはさっそくリックの前に立ち、ぽてぽてと歩き出す。
そのあとを、ミーナとリックが続いた。
「……あそこは、きゅうり畑?」
「そうなのです! でも、たまに猫たちが齧るから、少しだけ減ってしまいましたの!」
「……えっ」
「だいじょうぶ、にぃにが叱ったからもう齧りませんの!」
くろが「にゃあっ」と鳴いて、ばつが悪そうに顔をそらす。
「……でも、なんか、たのしいね」
リックの声は小さいながらも、確かに笑っていた。
その時、突然、リックの足元で「バキッ」と音がした。
「あっ!」
転びかけたリックを、ミーナがとっさに支える。
「だいじょうぶなのですかっ!?」
「……うん。石につまずいちゃった」
見ると、土の中に少しだけ顔を出した石があった。
「……よしっ、これは“石の守り神さん”だったということにするのです!」
「……なにそれ」
「なんでもいいのです! 転ばないためのおまじないにするのですよ〜」
ミーナは土に描いたハートの形の上に猫の足跡を一つ押して、
「リックはまもられましたのー!」と得意げに宣言した。
しろが「にゃっ!」と鳴き、そっとリックの肩に前足をのせる。
「……ありがとう」
リックはぽつりとつぶやいた。
ツアーが終わるころ、畑はオレンジ色の夕日に包まれていた。
風がやさしく吹いて、畑の葉がさらさらと揺れる。
「リック、きょうはたのしかったのですか?」
「……うん。すっごく」
「よかったのですっ!」
しろがリックの足元で丸くなり、くろが背中をぽんと叩いた。
「にゃーにゃっ(お前、やるな)」
「……ふふ」
ミーナは小さく笑ったリックを見て、思わず手を取った。
「また、いっしょに畑で遊ぶのですっ!」
「うん、ミーナ。ありがとう」
──そして、その日。
リックにとって、“はじめてのともだち”ができたのだった。