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ギャリソン外伝・第四話

「ギャリソン、王都で“婚活”を迫られる!?」


王都エルデン。春風がさざめく午後、レーヴェンクロイツ家の屋敷には静かな日差しが降り注いでいた。


その一角、手入れの行き届いた庭園に一人の男が立っている。

深い緑の燕尾服を着こなし、銀糸の手袋の指先に至るまで皺一つない完璧さ。

彼の名は──ギャリソン。

レーヴェンクロイツ家に仕える忠義の執事である。


「……本日も、参られましたか。あの“貴婦人方”が」


屋敷の門を見つめるギャリソンの視線の先には、日傘をくるくると回しながら、艶やかなドレスを纏ったご婦人たちが近づいてくる。


「まあまあ、ギャリソンさま! 今日もなんとお美しい所作でしょう!」


「あなたの手で入れたお茶を一度でもいただければ、他の殿方には戻れませんわ!」


「ご結婚のご予定などは……ないのですの!?」


──もはや戦場であった。



◆“王都婚活包囲網”発動

すべての始まりは、ギャリソンがレーヴェンクロイツ家の若嬢・イザベルの体調不良に際し、

田舎にあるグランフィード家の畑から取り寄せた新鮮な野菜を調理に用いたことにあった。


元気を取り戻し、美しさにさらに磨きがかかったイザベル嬢の噂は、すぐに貴婦人たちの間に広がった。


「食事にこだわる男に悪い人はいない」


「自ら台所に立つ執事!? しかも未婚!? しかも忠誠心があって落ち着いていて格好いい!」


「ギャリソンさま……今こそ私のご紹介した娘との縁談を!!」


その日から、王都貴婦人界における“ギャリソン婚活推進運動”が始まったのである。



◆セレナ嬢、火に油を注ぐ

王都の社交界において、あの“氷姫”セレナ嬢は常に一歩先を行く存在である。


「ギャリソンさん、最近人気がすごいのですって?」


「……噂に過ぎません」


「でも貴婦人たちの集いでは、あなたのことを“理想の王配”とまで……」


「やめてくださいませ、セレナ様。それではまるで王妃付きの夢物語です」


「そういう夢物語、女は嫌いじゃありませんわよ?」


「……」


にこやかに紅茶を啜るセレナの背後では、彼女の友人らが既に**“ギャリソン入門ガイド”**なる非公式文書を回覧していたという噂がある。



◆イザベル嬢の“静かな怒り”

一方で、その動きに一人、静かに不快感を覚えていた者がいた。

レーヴェンクロイツ家の令嬢──イザベルである。


「……ギャリソン、最近あなたのことで騒がしいようですね」


「は。申し訳ありません、お嬢様。不徳の致すところでございます」


「別に責めてはいません。ただ──」


イザベル嬢はふと紅茶を口に運び、静かに目を細めた。


「妙に熱心な“お客様”が増えたから。サロンの空気が、濁るのは不愉快なの」


それ以降、“ギャリソンを目当てに来た者”は、自然と招待状の対象から外れていったという。


「お嬢様のお心遣い、痛み入ります」


「……違うわ。あなたがくだらない人に捕まったら、私が困るだけよ」


ギャリソンは、それ以上なにも言わなかった。



◆逃避行(村へ)

そんなこんなで、ギャリソンは王都での疲れを癒すため、久々にグランフィード家を訪ねた。


村の空気は澄み、どこか懐かしい香りが鼻をかすめる。


「ギャリソンさまーっ!!」


「にゃあ!」


走り寄る金髪の少女と、どこからともなく現れる猫たち。


「ミーナ様。お元気そうでなにより」


「うん! にぃには畑だけど、わたしはね、今“やさいアイス”の研究中なのですっ!」


「……はあ。それはまた、なんとも涼やかな発想で」


ギャリソンは、彼女の無邪気な笑顔にすこしだけ救われたような気がした。



◆エピローグ──再び王都へ

再び王都に戻ったギャリソンを待っていたのは、相も変わらぬ“婚活包囲網”であった。


その日も、一人の令嬢が屋敷前で声をかけた。


「ギャリソンさま。今日はどうかお時間を……」


「申し訳ありません。お嬢様に仕える身として、私には務めがございますので」


「では……せめてお名前だけでも!」


「ギャリソン。それがすべてでございます」


深く礼をして、ギャリソンは静かに背を向ける。


その姿は、まるで「この世で最も距離のある背中」と評されたという。



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