ギャリソン外伝・第二話
「波乱万丈の帰還!? 忘れられた名と、飛行船の約束」
◆プロローグ──黒衣の訪問者
それは、とある午後のことであった。
「お客様、でございます」
ギャリソンの報告に、ルークは少し首を傾げた。ミーナは畑で土にまみれていたし、アベルとレイナも今日は外出中のはず。めったに訪問者などないこの村に、わざわざ人が来るとは。
「どなたです?」
「……お名前は、波乱万丈様にございます」
ルークの眉がぴくりと跳ねた。
「は……らん……?」
「“波乱”です、“万丈”です」
「苗字か名前かもわからないじゃないですかそれ」
ギャリソンは、ほんの少し、唇の端を持ち上げた。
「存じております。おそらく――“あの方”でしょう」
◆再会、そして飛行船の夢
その人は、やはり「変な人」だった。
白いシャツに漆黒のロングコート。旅の埃にまみれながらも、笑顔だけは少年のように無垢。帽子の影に隠れた瞳は、今も鋭く、そして楽しげに輝いていた。
「よォ、ギャリソン君! 変わらず“完璧”してるか?」
「……相変わらず“波乱”でいらっしゃいますね」
ミーナが顔を出し、猫たちが警戒モードに入る。
「にゃ(なんか、においが……)」
「にゃにゃっ(ギャリソンと同じ“裏の人”の気配!?)」
「おやおや、この子がミーナちゃんか? 可愛いなあ! 未来の姫騎士か? お姫様か? どっちだ?」
「その両方なのです!」
ミーナはにっこりと胸を張った。
波乱万丈は、ふふんと笑ってルークに向き直る。
「というわけで、ひとつ頼みがあってね。借りたいものがあるんだ。いや、正確には――貸したものを返してもらいに来たんだが」
「……何でしょうか」
「飛行船だよ」
「……は?」
◆“忘れられた約束”と名もなき設計図
裏庭の倉庫の奥。
そこには、布にくるまれ、長らく放置されていた鉄骨のような何かがあった。
「まさか……これが……」
ルークが布を取ると、風で煽られたように埃が舞った。
そこには、錆びかけたフレーム、折り畳まれた布帆、奇妙な設計図が記された木箱が眠っていた。
「昔、ここで造ったのさ。ギャリソンと二人で」
波乱万丈は笑う。遠い目で、それでも確かな記憶を辿るように。
「おれの夢だった。風を掴んで、地図にない空を渡ること。……でも、軍に追われて、それどころじゃなくなって、結局置いて逃げた」
ギャリソンは黙っていた。けれど彼の目にも、微かな懐かしさが浮かんでいた。
「……だから返してほしいのですか?」
「いや、“貸してた”だけさ。なにせこれ、設計の半分は俺のもので、もう半分は君のだろ?」
「懐かしいですね。……夜な夜な、炎の灯の下で部品を削っては、意味のない実験ばかりしていました」
「意味がなかったかどうかは、まだ決まってないさ」
◆夜の語らい、二人の過去
その夜、ギャリソンと波乱万丈は裏庭で酒を酌み交わしていた。
月は高く、猫たちは焚き火の傍でごろりと丸くなっている。
「ところで……“あの時”は、結局なんだったんです?」
「ん?」
「逃げた理由です。ドラゴンを護り、飛行船を棄て、王都を去った理由です。あなたのことだから、ただの気まぐれじゃないでしょう」
波乱万丈は笑わなかった。少しだけ、瞳の奥に翳がさした。
「……秘密だよ。言わないって約束だった」
「誰と?」
「……そうだな。多分、“過去の俺自身”と、かな」
ギャリソンは酒を口に運びながら、それ以上追及はしなかった。
「……なるほど。相変わらず、胡散臭くて面倒な方ですね」
「はっはっは。君のそういうところが、変わらなくて好きだよ」
◆そして、再び旅立ちの朝
「行くのですか?」
ミーナの問いかけに、波乱万丈は帽子をかぶり直した。
「うん。またちょっと、空を見にね」
飛行船は、まだ完成していない。けれど彼は設計図を持ち、部品のいくつかを木箱に詰めていた。
「ギャリソン君。また助けがいるときは、君を呼んでも?」
「……考えておきましょう」
「にゃ(絶対また来る)」
「にゃっ(トラブルの種が歩いてる)」
ルークは、少しだけ苦笑いを浮かべて言った。
「飛べるといいですね、空の彼方へ」
「飛べなくてもいいさ。空を見上げられる場所があるなら、それで充分だ」
そう言って、波乱万丈は荷物を背負って歩き出す。
彼の背に、風が吹いた。
古びたコートがはためき、まるで少年のように軽やかに、空に手を伸ばしていた。
◆エピローグ──空の向こうへ
ギャリソンは、物置に残ったもう半分の設計図をそっと取り出した。
そしてそっと、胸ポケットにしまう。
それは、決して語られない約束。
それは、若かりし日々の、決して戻らぬ時間。
それでも――
「……まだ、続いていますね。あなたの“波乱”は」
と、ギャリソンはぽつりと呟いた。
月は静かに、屋敷を照らしていた。