表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

174/256

ギャリソン外伝 ―若かりし日の記録―

「波乱万丈との出会い」


◆◆◆

かつての王都は、今よりも少しだけ素朴で、少しだけ混沌としていた。


その街角に、無口で生真面目な若者がひとり、丁寧に帽子を直しながら立っていた。名をギャリソン・ハイドフェルド。若干十九歳。王都の執事育成学院を優秀な成績で卒業し、就職先を探していた青年だった。


「……“波乱万丈”様、ねえ」


王都の片隅にある石造りの館。その主の名前を聞いたギャリソンは、眉ひとつ動かさず門を叩いた。


◆「すべては波乱から始まった」

波乱万丈はらん・ばんじょう――


名ではない。仇名だった。本名は不明。戸籍上は存在するが、実態を知る者はいない。かつては軍属、貴族、商人、旅人……噂が多すぎて、何が本当なのか誰にもわからなかった。


だがただひとつ、“王都の裏路地に屋敷を構え、何かと面倒事を引き寄せる人物”という点だけは、すべての証言が一致していた。


「ギャリソン君か。真面目そうで何よりだ。ちょうど、前の執事が逃げてしまってな」


開口一番、波乱万丈は笑って言った。年齢は四十代前半。緑髪を後ろで結び、細身のスーツをくたびれた雰囲気で着ている。目つきは鋭いが、どこか楽しげで、何よりも“嘘がつけない顔”をしていた。


「まずは茶でも」


「……失礼します」


案内された応接間は、なぜか天井からロープがぶら下がっていた。隅の壁には弓と盾、棚には鱗付きの未知の果実が詰まった瓶が並んでいる。


「ここは……?」


「趣味だよ。いや、人生そのものと言ってもいいな!」


ギャリソンは静かに茶を淹れながら、「この人物には関わってはいけない」と心で唱えていた。


が、その直後――


「……さて。君には、今夜の逃走計画の補佐をしてもらいたい」


「……は?」


◆「王都・裏路地にて」

波乱万丈は、“王都の地下地図”を開いて言った。


「地下に流れてる旧水道管を通れば、南門の見張りを避けて外に出られる。いや、私が逃げるんじゃない。彼女がだ。彼女って言っても、ドラゴンのことだが」


「ドラゴン……?」


「小型だが火を吐く。今は裏庭で静かにしているが、気性が荒くてね。護符を噛ませてるが、あまり長くは保たん」


ギャリソンはふと思った。


──これは試されているのかもしれない。王都のすべてを見渡し、裏を知り、奇人変人を従える者の補佐。それは執事としての究極の試練であると。


「承知しました。案内いたします」


◆「さようなら、波乱の夜」

その夜、ギャリソンと波乱万丈と小型ドラゴンは、王都の地下を抜けた。


地図はところどころ改修されておらず、ギャリソンは真っ黒になりながらも道を切り開いた。


そして、明け方。


「……ありがとうよ、ギャリソン君。やっぱり、あんたに頼んで正解だった」


「どちらへ?」


「どこでもないよ。どこへでも、だ」


そう言って、波乱万丈は街の靄に溶けていった。


ギャリソンの手には、一枚の銀貨と、黒い羽根のような護符だけが残されていた。


◆「現在──そして猫たちの視線」

時は流れ、ギャリソンはグランフィード家に仕え、今や完璧無比の執事と称されるようになっていた。


だが──猫たちは見ている。

時折、ギャリソンが夕暮れの空を見上げて、静かに銀貨を指で転がす姿を。


「……にゃ(あれ、なんか過去あるな)」


「にゃにゃ(あれは、過去に“波乱”を抱えてる顔です)」


そして、今日もギャリソンは語らない。


なぜ完璧なのか。

なぜ笑わないのか。

なぜ誰よりも“人を支える”ことに長けているのか。


ただ、ひとつだけ分かることがある。


彼の中には、“波乱”がずっと息づいているのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ