レイナ先生の優雅な午後──“紅茶の女神”、村に降臨す!?
〜元・隣国第五王女の本気と、ミーナのマナー破壊光線〜
その日、グランフィード家の庭では、ミーナがテーブルクロスをぐいっと引っ張って、豪快に布だけをずり落とすという離れ業を披露していた。
「にぃにっ、お茶会の練習なのですっ! 今日は“プリンセス風お茶会”なのです!!」
「いや、それテーブルマジックじゃない……?」
トマトやらピーマンやらが床を転がる中、猫たちはケーキの箱を開けようとしていて、既にホイップまみれの“ねこ・しろ”が何かをやらかした顔で振り返る。
「……にゃ(バターとホイップは区別できない)」
ルークはため息をつきながら椅子に腰を下ろし、冷たいミントティーをすする。
「それにしても……最近、ミーナが“王都の貴婦人”に憧れてるのはなんでだ?」
「えへへ、セレナおねえさまが言ってたのです。“王都では、紅茶の立て方ひとつにも美学がある”って! だから、わたしも“すてきなお姫さま”になるのですっ!」
──そう、それは数日前のこと。
村を訪れたセレナ・フォン・レーヴェンクロイツ嬢が、何気なく語ったお茶会の話。
「王都では“午後四時の一杯”に、人生のすべてが凝縮されるのよ」
という麗しい台詞に、ミーナは目を輝かせていた。
その結果が、床一面に広がるジャムとスポンジの海である。
「こ、これは……お母さまに相談するべきなのです!!」
ミーナが叫んだ瞬間、奥の扉が静かに開いた。
「──呼びましたか?」
紅茶色の髪を上品にまとめたレイナが、微笑みをたたえて立っていた。
彼女の背後では、優雅な香りのする湯気が立ちのぼり、完璧なティートレイが運ばれてくる。
「お母さま……!」
ミーナの声に、レイナは静かにうなずいた。
「お茶会、やってみたいのですね?」
「うんっ! でも……わたし、ちょっとだけ、こぼしちゃったのです……あと、ねこたちがケーキを──」
「大丈夫ですよ。王族の血を引く者は、いつだって“こぼす”ものです」
「……え? それ、正しいのですか?」
「もちろんです。問題は、そのあとどう立ち上がるか。優雅とは、そういうものなのです」
そう微笑むレイナは、かつて“ベルナン王国の紅茶の女神”と称された第五王女。
外交の場でも、たった一杯の紅茶でその場の空気を変えた伝説は、今なお王都の一部で語られている。
「では、ミーナ。今日からあなたは“王都式ティーパーティー講座”の第一期生です」
「はいっ、がんばるのです!!」
「まずは、ナプキンの折り方から始めましょう」
「お、おりがみは得意なのですっ!」
「ちがいます」
◆第一講:「スプーンは投げない」
レイナが厳しい目で告げる。
「ミーナ、紅茶に使うスプーンは、“飛ばすため”ではありません」
「でもっ、ねこがくるっと回して、にゃっ!ってなって……!」
「その猫、後で指導します」
◆第二講:「ティーカップの持ち方」
「肘を上げすぎてはいけません。手首で支えて、肘は軽く」
「えっと、こう? ……ああぁ、カップの中に手が落ちたのです……」
「……それは、がんばった証拠ですね。拭きましょう」
◆第三講:「お菓子は隠さない」
「テーブルの下にこっそり“保存”してはいけません。マナー違反です」
「でも、あとで食べたかったのです」
「だからといって……猫の帽子の中に入れるのはやめましょう」
「にゃ……(ばれた)」
◆そして、伝説の一杯へ──
数日後、グランフィード家の庭には、真っ白なテーブルクロスと季節の花をあしらった完璧なティーセットが並べられていた。
招待された村のご婦人たちは、一様に目を見張る。
「これが……お茶会……!」
「これが、レイナ様の本気……」
レイナは淡く笑って、ティーポットを持ち上げる。
「本日は“白バラの午後”という特別なブレンドです。どうぞ」
香る花の風、まろやかな茶葉、そして──
ミーナが焼いた“うっかり焦がしクッキー”が、テーブルにそっと添えられた。
「これは……すごく黒いですね」
「でも、愛情たっぷりなのですっ!」
皆が笑い、ひとくち、またひとくちと味わう。
「……意外と、いける?」
「なんか、クセになるわね」
「ねこが焼いたクッキーもあるよ! にゃ!(たぶん毒はない!)」
◆締めの一言
「お母さま……ありがとうなのです!」
「どういたしまして、ミーナ。あなたの笑顔が、私の紅茶よりも、ずっと甘いもの」
そう言って、そっと娘の頭を撫でるレイナの横で、
猫たちがカップの横で寝始めるのだった──。