アニー 赤い案山子に夢を…
村の夕暮れ時、風が金色の麦の穂を撫でていく。
その麦畑の中央に、ぽつんと立っているのが──「赤い案山子」だった。
「……やっぱり、ここが一番、落ち着くな」
赤い髪をふたつに結ったアニーが、藁ぼうしを胸に抱き、そっと案山子の前に立つ。
「あなた、ずっとここで、誰かを守ってたんだよね」
そう、赤い案山子は、この村に来てからというもの、アニーのお気に入りの場所となった。
◆
──時は少しさかのぼる。
「それでねっ、この子が“ミーナ・バオア・クー”なのですっ!!」
「うわあ……大きい……!」
ミーナの勢いに圧倒されながらも、アニーは“巨大な木の上の基地”を見上げた。
[ミーナ・バオア・クー登場するたびに変わっているが、気にしないでほしい]
そこには、色とりどりの布が張られ、猫たちがロープで昇降していたり、なぜかハンモックでくつろいでいたりと、自由気ままな空間だった。
「これ、ぜんぶ作ったの?」
「うんっ、にぃにと、猫たちと一緒に! すっごくすっごくたいへんだったけど、完成したのです!」
ミーナは誇らしげに胸を張り、猫のしろが“にゃーん”と鳴いた。
アニーはその中心に立っていた案山子に目を留めた。
赤い布のマントを羽織った、それはそれは不思議な案山子だった。
「……なんだか……あの人みたい」
「どの人?」
「ううん……小さい頃に読んだ絵本に出てくる、旅人みたいなひと。ちょっと頼りなくて、でも、優しくて、強いの」
◆
それからというもの、アニーはよく畑の端っこまで足を運んでは、案山子の前で座り込むようになった。
ときには、お弁当を持って。
ときには、日記帳とペンを片手に。
「ねぇ……案山子さん。あたし、村に来て……楽しいけど、ちょっとだけ、さみしいの」
赤い案山子は何も答えない。
だけどアニーは、まるで“聞いてくれてる”気がした。
「ミーナは元気いっぱいで、ほんとにすごい子だよ。でも、あたしは……」
風がまた、麦の穂を揺らす。
案山子の赤いマントが、ゆらり、と揺れた。
◆
ある晩。
アニーは夢を見た。
──麦畑の中、赤い案山子が、ゆっくりと歩いてくる。
「こんばんは、アニー」
「……え、しゃべった!?」
「うん。夢だから。いいでしょ?」
アニーは目を見開いたが、不思議と怖くはなかった。
案山子は、やさしく微笑んでいた。
「きみの夢、ずっと聞いてたよ。ここに来て、いろんなこと、頑張ってるんだよね」
「う、うん……でも……」
アニーはちょっとだけうつむいた。
「ミーナみたいに、元気に突っ走れないし、何でもできる子じゃないし……」
案山子は、そっとアニーの頭に手を置いた。──手? あれ、手、あるんだ。
「大丈夫。ミーナはミーナ、アニーはアニー。きみは、とっても優しくて、よく見てて、ちゃんと考えてる子だよ」
「……ほんと?」
「ほんと。ほら、きみは“赤毛のアニー”なんだろ?」
「ちがうよー!名前だけ似てるのっ!!」
アニーは笑った。なんだか、ずっと言いたかったことが、やっと言えた気がした。
「それにさ。きみには、ミーナっていう友達がいるじゃないか」
「……うん」
「そして、赤い案山子とも、ね」
◆
朝。
目を覚ますと、陽が差し込んでいた。
アニーは飛び起きて、麦畑へ向かった。
赤い案山子は、いつも通りに立っていた。
「……ありがとう」
そう言って、アニーはそっと、案山子の足元に小さな花を添えた。
◆
その日の午後。
ミーナと猫たちと一緒に、アニーはスケッチブックを持って現れた。
「ミーナ、これ、見てくれる?」
「わぁ、すてきな絵なのです! ……これは、案山子さん?」
「うん。“旅する案山子”っていう絵本にしたいなって思って」
アニーは照れくさそうに笑った。
ミーナは、ぱぁっと顔を輝かせて、猫たちと一緒に拍手。
「すごいのですーっ!! ミーナも出るのですか!?」
「……出てるよ。“元気すぎて時空を超える姫騎士”っていうキャラで」
「なにそれーっ!!でも似てるのです!!」
二人の笑い声が、麦畑に響いた。
赤い案山子は、今日も風に揺れながら、やさしく見守っていた。
夢の中と同じように──。