クラウス叔父さん、王都で炸裂!? 〜ミーナ自慢と夫人のため息〜
〜“おじバカ”と呼ばれても構わぬ!〜
◆◆◆
王都エルデン。
グランフィード本家の屋敷は、城の西区画、古くからの名門が立ち並ぶ一画にある。
そこに、主であるクラウス=グランフィードが戻ってきたのは、村での滞在から三日後のことだった。
「ただいま戻ったぞ、レオノーラ」
そう声をかけられた夫人──レオノーラ・グランフィードは、王都貴族の娘らしい優雅な立ち居振る舞いで夫に一礼した。
「ご無事で何よりですわ。……それにしても、今回も“賑やかだった”ご様子ですね」
「うむ、想像以上だった。特にミーナ!」
その瞬間だった。
クラウスの表情が、ぱっと咲いた花のように緩んだ。
あの“叔父バカ”特有の、限界突破スマイル。
「ミーナがな! 朝から“にぃにのお弁当を作るのですっ”と宣言してな、猫たちと料理を──」
「……はい、はい、あの可愛らしいお嬢さんのことですね。以前も“しゅわしゅわの甘い飲み物”を開発なさったとか」
「そうそう! “ミーナの泡ドリンク”だ! あれは素晴らしかった……味はさておき、発想が!」
レオノーラはそっとため息をついた。
それは諦めの気配を帯びた、優雅で長い吐息。
「また始まりましたのね……“ミーナさま大絶賛大会”」
「ふっふっふ、聞いてくれレオノーラ。今回などな、村で“猫たちと劇を演じておった”のだぞ。題して《おうじさまをすくえ!》」
「……はい、もう結構ですわ」
レオノーラはそっとソファの背にもたれた。
これまで何度繰り返されたか分からぬ“ミーナの伝説”の数々。
最初のころは微笑ましく聞いていたものの、今では使用人たちも『また始まった』と匙を投げるのが通例となっていた。
それでもクラウスは止まらない。
「しかもな! 猫がドラゴン役で火を吹くマネをするのだ!」
「火は、吹けませんよね?」
「うむ。だが、その“気持ち”がある!」
レオノーラは頬に手をあて、静かに目を閉じた。
この男は、かつて王都の政を預かり、いくつもの会議を仕切り、何百という貴族たちを束ねていたはずだ。
それがいま、猫の演劇と姪のサンドイッチにここまで熱をあげるとは──。
「……クラウス様。あなたの政治的手腕が、こうして猫劇に使われるのは、ある意味、国家の損失ではありませんこと?」
「だがな、ミーナは国宝級なのだぞ」
「ご自覚はあったのですね……」
◆王都に“ミーナの噂”再燃
実は、王都のご婦人方の間でも、すでに「グランフィード家の姪御さま」ことミーナの存在は、“知られ始めて”いた。
「まるごとトマト弁当?」「野菜の飲み物!?」「猫カフェ!?何それ可愛い!!」
──そんな噂が、ギャリソンの暗躍により水面下でじわじわと広がっていたのだ。
クラウスはそれに気づいていないわけではなかった。
だが。
「……噂になるくらいなら、正確な“ミーナの魅力”を王都に伝えねばならぬ!」
「それは“叔父バカ”という名の使命感ですの?」
「うむ、まさにそれだ!」
◆再び“ミーナの宴”を企画
その数日後。
グランフィード家本邸では、クラウスの発案により「非公式ミーナ報告会」が開催された。
名目は「地方農業報告会」。
しかし実態は「ミーナのかわいさ報告プレゼン」。
「この畑で育った野菜はですね……ミーナが“おいしくなぁれ”と毎朝声をかけ──」
「かわいい! それ絶対おいしくなるやつ!!」
「それと! こちらが“ミーナ特製サンドイッチ”を模した再現レプリカ──」
「かわいっ!!」「ちょっと大きすぎない!?」「あ、これ、リンゴがそのまま入ってるのね?」
ご婦人方の反応は、まさに上々だった。
レオノーラはやれやれと呆れつつも、そっと窓辺からそれを見守っていた。
「まったく……困った方。でも──」
その目は、どこかやさしく笑っていた。
◆そして、また“村へ”
「……そろそろ、また行こうと思っておる」
数日後。クラウスは、そっと荷物をまとめながら妻に言った。
「ええ、予想はしておりましたわ。
……どうせ“次はミーナの新しいレシピを味見せねば!”とか言うんでしょう?」
「それもあるが……遊んでくれと約束したのだ。“かくれんぼの続き”をな」
「……王都の政を仕切った男が、猫とかくれんぼを……」
レオノーラは肩を落としながらも、微笑んだ。
「……どうかご無事で。ミーナさまによろしくお伝えくださいませ。ついでに野菜も買ってきてくださいね」
「心得た! では行ってくる!」
クラウス=グランフィード。
その姿は、馬車に乗り込むときすでに笑顔に満ちていた。
──叔父は、今日も“ミーナ愛”を携えて、村へ帰る?のであった。