クラウス叔父さん、王都にて孤軍奮闘す──そして、ミーナと遊びたい!
〜王都グランフィード家当主の憂鬱と密やかな願望〜
◆◆◆
王都エルデンの西端、重厚な石造りの屋敷──それが、グランフィード家の本邸である。
代々続く名門にして、王家とも浅からぬ縁を持つこの家の現当主こそ、クラウス=グランフィードその人である。
「……まったく……ギャリソンのやつ、また勝手に動いておるな」
クラウスは、書類の束を軽く机に叩きつけるように置いた。
それは、王都中の貴婦人たちが“グランフィード家の野菜”に夢中になっているという、最近の騒ぎについてまとめられた報告書である。
──疲れが取れる!
──お肌がつるつるに!?
──まさか、王妃陛下まで!?
「……これはもう“野菜の陰謀”ではないのか……?」
冗談のつもりだったが、書庫の片隅に控えていた老執事が真顔でうなずいた。
「ある意味、殿──ではなく、ミーナ様の仕業でございますな」
「……何故そこでミーナなのだ」
「ルーク様が動き出した時点で、背後にミーナ様の笑顔があったのは確実でございます。
あのお方の“善意の突進力”はもはや兵器の域」
クラウスは思わず笑いかけて──ふと、真面目な顔に戻る。
「……ミーナか。もうどのくらい会っておらぬな」
ミーナ。
弟アベルの娘で、今や王都中に名前が知れ渡る“農園のお姫様”。
にこにことした笑顔で野菜を抱え、猫たちと共に畑を駆け回る様子を──クラウスは、なぜかこっそりスケッチブックに描き留めていた。
「クラウス様、口元がにやけておいでです」
「ぬっ……け、決してそういうのではない。わしはな、叔父としてな……!」
クラウスは咳払いをひとつして、背筋を伸ばす。
「……本家としての威厳を保つため、状況を把握する必要がある。よって、村へ視察に出向く」
「それはそれは、“ミーナ様と遊ぶ用事”でございますな」
「違うわ!!」
執事は静かに、旅の支度書類を差し出した。
◆王都からの訪問者
その数日後。
ルークたちの暮らす村には、一台の黒塗り馬車が到着した。
「……なにやら、偉い人が来たみたいですの……?」
ミーナが目をぱちくりさせて見つめる中、馬車からゆっくりと降りてきたのは──
「む……ミーナ! 久しぶりだな!」
「……あっ、く、クラウスおじさま!!」
その声に、ルークも思わず畑から顔を上げる。
「うわっ……叔父さん!? なんでこんな田舎に!?」
「ふふん、野暮用だ。視察だ、うむ。断じてミーナと遊びに来たわけではない!」
ミーナがぱちぱちと拍手しながら駆け寄ってくる。
「でも、遊んでくれるのです?」
「そ……そりゃあ、もちろんだ!」
クラウスのスケッチブックが、懐から半分ほど見えていた。
◆叔父さん、全力で遊ぶ
「にゃー!(かくれんぼ開始!)」
「にゃーにゃー!(鬼はクラウス!)」
クラウスは、本気で走った。
芝の上を転がり、木の後ろに隠れ、猫に襲われながらも──ミーナの「きゃっきゃっ」という笑い声が聞こえる限り、満足だった。
ルークは、呆れたような、それでも嬉しそうな顔で呟く。
「……まったく、誰が一番はしゃいでるんだか」
◆夜の火照りと、少しの覚悟
その晩。
グランフィード家の離れに宿泊したクラウスは、夜風に吹かれながら縁側に佇んでいた。
「……よい一日だった」
しかし同時に、王都での責務や、長く守ってきた家の重みがふと胸に迫る。
「……あの子たちの未来を守るには、わしもまだ……動かねばな」
執事がそっと、野菜たっぷりのスープを盆に乗せて差し出す。
「ルーク様作、“腸に効くグランフィード・スープ”でございます。お夜食に」
「うむ……ありがたく頂くとしよう」
そっと椀を持ち上げ、口をつけたクラウスの表情が、ゆるむ。
「……ふむ、確かに……これは、王都の胃に染み渡る味だな」
その瞳の奥には、明日への静かな希望が宿っていた。