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王都のマダムを救え! 〜野菜が世界を変えるのです〜 その一

【第1話】王都の不調とイザベル嬢のため息

王都エルデン──

石畳が整えられ、噴水が奏でる音と香水の匂いが漂う、貴婦人たちの社交の街。


だが今、その華やかな一角に、どこか陰りが差していた。


「最近、どうにも疲れが抜けなくて……」


「ええ。わたくしも。お肌の調子が優れなくて、朝の化粧が乗らないのよ」


「それに……あの、言いづらいのだけど、お通じの方も……」


声を潜めた会話が、ティーサロンの白磁のカップの間を飛び交っていた。

美しい装いの奥に、不調を抱える令嬢や奥方がちらほら。

まるで季節の流れとともに、目に見えぬ倦怠が街全体に広がっているかのようだった。


その中心にいる一人──レーヴェンクロイツ分家の令嬢、イザベル。


豪奢な金糸の椅子にもたれかかり、サロンの隅に座るその姿は、いつもの気品を保っていた。

だが、よく見れば、その指先はわずかに震え、紅茶の湯気に目を細めるその横顔には、深いため息が混じっていた。


「……ギャリソン」


「はっ、いかがなさいました、イザベル様」


傍らに控えていたのは、忠実なる執事ギャリソン。

白手袋に包まれた手でさっとナプキンを整えながら、イザベルのわずかな表情の変化を見逃さない。


「このところ、体の重さが抜けなくて。鏡を見るたびに、肌がくすんでいるような気がして……」


「お疲れが溜まっているのでございましょうか。いっそ、しばらく療養にでも」


「療養だなんて。そう見られたら、また何かと噂されるわ。……でも本当に、なんだか変なのよ」


ギャリソンは静かにうなずいた。

この数日、イザベルだけでなく、王都の貴婦人たちの間で同じような訴えが相次いでいた。

名医を呼んでも「疲労」「気のせい」程度で済まされ、決定打はなし。


(──これは、何かおかしい)


ギャリソンは胸の内でそう思っていた。


「少し、調べてみます。何か手がかりがあるかもしれません」


「お願いね、ギャリソン」


イザベルはふと窓の外に目を向けた。

秋の光に照らされた街並みは穏やかだったが、どこか沈んだ空気を帯びているようにも見えた。




王都の市場──


ギャリソンは、ふだんは足を踏み入れない庶民の市場へと足を運んでいた。

婦人たちの不調の原因が、医者にもわからないなら……日常の中にこそ、鍵があると考えたのだ。


「最近、野菜の出が悪くなったな」


「葉物がねぇ。夏の終わりからずっと値が高くて、買う人も減ってるよ」


「お金持ちだって、みんなパンばっか買ってくんだ。肉と菓子でお腹満たせるならってね」


──そうか。


ギャリソンは確信した。


この国の、特に貴族たちは美食を好む。だが、野菜の摂取は後回しになりがちだ。

味気ないと思われがちで、食卓には彩り程度にしか載らない。


加えて、ここ最近の高温と日照不足で野菜の流通が減っている。

つまり──


(野菜不足による、慢性的な栄養失調……か)


確証はまだないが、彼の中でそれは強い仮説となった。




その夜、ギャリソンは一本の手紙をしたためた。


宛名は、かの田舎に暮らす青年──ルーク・グランフィード。


彼は、過去に“例の調味料”を生み出し、王都の料理人たちに静かな衝撃を与えた人物である。

ギャリソン自身、以前ルークの元を訪れた経験がある。


(今、必要なのは医者ではなく、知恵と野菜……)


イザベル様の不調を癒すため、

そしてこの国の婦人たちを救うため──

再び、あの田舎の青年の力を借りる時だ。


封を閉じた手紙は、黒羽の鷹によって、静かに空へと放たれた。




そのころ、グランフィード家の裏庭では──


「おにぃ~、このキャベツの芯、カタいのですぅ……」


「ミーナ、収穫するときは下から包丁を入れるんだってば」


「ふぇぇ……むずかしいのですー……!」


まだ、何も知らぬルークとミーナが、のんびりと野菜の世話をしていた。


彼らの手元に、運命を変える一通の手紙が届くのは──

もう間もなくだった。


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