ルークの特訓!お花畑でティータイム大作戦 〜かわいい妹のために、兄はティーカップを握る〜
◆◆◆
ある晴れた春の午後、グランフィード家の中庭では珍しく、ルークが「真剣な顔」で何かの本を広げていた。
「……紅茶って、ちゃんと淹れるの難しいんだな……」
彼の手元には、王都から届いた《初級紅茶指南》と書かれた一冊の本。
ページには、ティーポットの温め方、茶葉の量、蒸らし時間などが細かく記されていた。
そう、ルークは密かに“紅茶の特訓”をしていたのだ。
なぜって?
それは数日前のこと——。
「にぃにー! セレナお姉さまのお茶会、とっても優雅だったのですー!」
ミーナが花冠をかぶって、るんるんと笑いながら言った。
「お花畑で、しゅわしゅわのハーブティーと、ちっちゃなケーキがあって……それでねっ、セレナお姉さまが『お紅茶は香りが命ですの』って、言ったのですっ!」
「へぇ〜、よかったな。……俺は、野菜の収穫で泥まみれだったけどな」
「うふふっ、でもねでもねっ、わたしも、おにぃにと一緒にお茶会したいのですっ!」
「えっ、俺と?」
「うんっ! にぃにが“にぃにカフェ”を開いてくれて、わたしはお客さんになるのですっ!」
そう言って満面の笑みを浮かべたミーナに、ルークはうっかり——いや、思わず頷いてしまった。
◆にぃにカフェ、開店準備!?
「ったく……どうしてこうなるんだ……」
ルークは庭の隅にある物置から、簡易テーブルと椅子を引っ張り出していた。
テーブルの上には、レースの布(ミーナの私物)と花を飾った小瓶(ミーナが拾ってきたもの)。
そしてポットとティーカップのセットも、ちゃんと用意した。
「よし……準備は万端……あとは……」
ティータイムの花、紅茶。
ルークは慎重にお湯を沸かし、茶葉を量り、蒸らし、ポットに注いだ。
「……うん、悪くない、はず」
だがその時。
「にぃにー! 開店なのですーっ!」
元気な声とともに、花飾りをつけたミーナが走ってきた。
その後ろには、なぜかタキシード風のリボンをつけた猫たちが行進している。
「“にゃんこティー隊”も一緒なのですっ!」
「いや、隊って……その格好どうした……」
「しろが用意したのですっ! おしゃれなのですっ!」
「……ほんと、どこからその発想出てくるんだ……」
◆開店! にぃにカフェ
ミーナはお客さんらしく、ちょこんと椅子に座った。
ルークは緊張しながら、紅茶をカップに注いだ。
「ど、どうぞ……お嬢様」
「わぁっ! にぃにの紅茶……! なんか本格的なのですー!」
ミーナはカップを両手で抱え、そっとひとくち。
「……あまくないのですっ!」
「いや、紅茶って、普通は砂糖入れないと……」
「じゃあ、おさとう入れるのですっ!」
猫の一匹が砂糖壺を運ぼうとしてひっくり返し、テーブルが白い粉まみれになる。
「にゃーっ!(やっちまった!)」
「にゃにゃ!(皿も落ちた!)」
「こらっ! 落ち着けって!」
ルークが慌てて片付けようとするその隙に、ミーナはもう一口、紅茶をすすった。
「……でもね。あったかくて、にぃにの味がするのですっ!」
「え、俺の味……?」
「うんっ! にぃにが作ってくれたから、特別なのですっ!」
ルークはぽりぽりと頬をかいて、ちょっとだけ照れくさそうに笑った。
◆かわいいは正義
その後、猫たちが「ミルクティーごっこ」を始めて牛乳をぶちまけたり、ケーキの代わりに畑のカブを出したり、ミーナが葉っぱをティーカップに入れて「ハーブですの!」と言い張ったり……。
大混乱の「にぃにカフェ」は、なんとか夕方まで続いた。
最後にルークは、ミーナのために残しておいた“ちょっといい紅茶”を淹れた。
「……これが、今日の最後の一杯だ。特別なやつな」
「ほんとにっ!?」
ミーナは、きらきらと目を輝かせながら、その紅茶を飲んだ。
「……すごいのです……! これは“お姫さまの味”なのです……!」
ルークは少しだけ笑いながら、空のカップを見つめた。
「ミーナ、お前が姫なら……俺は城の給仕か?」
「ちがうのですっ!」
ミーナは両手を広げて言った。
「にぃには、“おうじさまのコックさん”なのですーっ!」
「……微妙にランク上がってるのか下がってるのか、わかんねぇな……」
◆終わりに
夜、猫たちはこっくりこっくり居眠りしながら、ティーカップを並べて寝ていた。
ミーナも、ルークの膝枕でぐっすり。
「にぃに……きょう、しあわせだったのです……」
ルークは空を見上げた。
満天の星が、ふたりと数匹をそっと包んでいた。
「……お前が楽しんでくれたなら、それが一番だよ」
その声に、寝たふりの猫が小さく「にゃ」と鳴いた。
——そして、「にぃにカフェ」は一日限りの伝説となった。