ギャリソンの大冒険 〜執事の背負う秘密と自由な足跡〜
第一章:朝靄の中の出発
まだ夜明け前、レーヴェンクロイツ分家の館。
執事ギャリソンは、地味な黒いコートと、使い込まれた革手袋を身に着け、静かに館を後にした。
「お嬢様には内緒ですぞ……」
薄く微笑みながら、冷たい石畳に足を踏み出す。
誰も知らぬ彼の“もう一人の仕事”が、こうして始まる——。
第二章:王都の裏路地で
目的地は王都の裏路地。
そこでは、夜明けの露を受けながら、小さな薬草を集める老女がいる。
ギャリソンはそっと近づき、薬草を交換する。
「レーヴェンクロイツ家への献上品でございます」
老女は驚きつつも、それを受け取ると礼を述べた。
この行為は誰も知らぬ、が、心に栄養を与える——
彼にとっては“ギブアンドテイク”のようなものだった。
第三章:廃墟の図書館で
次なる足跡は街外れの廃墟と化した図書館。
瓦礫の中に残る古書の中から、彼は貴重な写本をそっと取り出す。
ページをめくるごとに、失われた詩や地図、古の礼法――
それらをノートに写すことで、ギャリソンは“文化の守り手”としての使命を果たす。
古いページのかほりに、彼はしばし、遠い昔の世界を夢見た。
第四章:深い森の泉で
夕方、ギャリソンは深い森へと分け入る。
幹から滴り落ちる露が、湿った苔に溶け込む。
その中心には、小さな泉があった。
「――これは、レーヴェンクロイツ家の庭園にも相応しい水かもしれません」
そう呟きながら、水を携帯用の銀のボトルに汲む。
自然の恵みを、そっと、屋敷に届ける未来を思い描く。
第五章:港町の陽炎市
夜になると、ギャリソンは南の港町へ向かう。
魚市場の隅で、小さなバザーが開かれていた。
そこでは、遠方の珍しい香辛料や布地が並び、彼は目を輝かせる。
一つ一つを吟味し、やむを得ず選ぶのは、イザベル嬢好みのリボンや、生地。
「嬢様…きっとこの色合いをお気に召す」
心の中で呟きながら、そっと品を確保する。
第六章:満月の山道 ~影との対話
満月が夜空に浮かぶ頃、ギャリソンは山道を一人歩く。
道に迷うことなく、ただ月の輝きだけを頼りに進む。
ひなたに残る影が静かに揺れ、彼の中の心の影が囁く——
「執事としての忠誠、それだけじゃ、満たされない時がある」
深呼吸し、月光を手のひらに受け止める。
そして静かに答えを見つけた。
「忠誠とは、信頼と理解の輪を広げること——嬢様も、家族も、皆のために」
第七章:帰還と見えない笑顔
夜明け前、ギャリソンは館に戻る。
顔には少し疲れが見えるが、誇り高い目がそこにある。
朝食の準備。イザベル嬢に手渡す布や香り。
すべてはさりげなく、しかし温かい。
誰も知らないが、確かに誰かの心に届いている。
そして、イザベルが寝室から顔を覗かせた。
「ギャリソン、おはよう。昨晩は……?」
「はい、嬢様。お休みになれましたか?」
その返事に、小さな笑みを浮かべるイザベル。
ギャリソンは、その笑みが唯一、自分の苦労を報いてくれる瞬間だと感じる。
エピローグ:小さく続く旅
彼の冒険は、誰に祝福されるわけでもなく、誰に語られるわけでもない。
だが彼は歩き続ける——
薬草の交換も、写本の保存も、泉の水汲みも、奇跡の生地探しも、
すべては「誰かのため」
――その意思が、彼をこの静かな旅に駆り立てる。
まだ見ぬ明日のために、レーヴェンクロイツ家の信頼のために。
ギャリソンの小さな冒険は、今日も誰にも見えないところで続いてゆく。