セレナ嬢の優雅な休日
朝の光が貴族街をやさしく照らし出すころ。
レーヴェンクロイツ家の庭園では、涼やかな風に揺れる薔薇の香りが満ちていた。
その中央、ガゼボの白い天蓋の下で紅茶を片手に座るのは、この街でも名高い美貌と才気を誇る令嬢、セレナ・フォン・レーヴェンクロイツである。
「……ふう。ようやく“静けさ”というものが味わえますわ」
そう、今日は久方ぶりの予定のない休日。
公務も視察も、町の子どもたちの絵本読み聞かせもない完全なる自由時間。
セレナは朝から、淹れたての紅茶とお気に入りの本を持って、ゆったりとした時間を楽しんでいた。
「うふふ、こういう時間、貴族令嬢らしくて好きですわ……♪」
だが——そんな静寂は、そう長くは続かないのが運命だった。
◆
「セレーナぁあぁ〜っ!」
どこからか聞こえる、甲高い子どもの声。
そして、パタパタパタッという小さな足音。
ガゼボの奥から、金髪のふわふわツインテールが飛び込んでくる。
「……ミーナ様。まさかとは思いましたけれど、本当に来ましたのね」
「はいっ! セレナも、ひまなのですって言ってましたから! 一緒に遊ぶのですっ!」
「わたくし、暇とは申しておりませんわ。静かな時間を——」
「ねこたちも来ましたのよ〜っ!」
「にゃああぁ〜〜〜っ!」
案の定、猫たちもぞろぞろとガゼボに突入。
紅茶のカップがガタリと揺れ、クッションの上に毛が舞い上がる。
「……優雅な休日、終了の鐘が鳴りましたわ……」
◆◆
「で、何をなさるおつもりなのです?」
仕方なく、セレナは猫たちの毛を払いながら尋ねる。
「お庭で“アフタヌーンティーごっこ”をするのです!」
「本物のアフタヌーンティーなら、今わたくしがしておりましたけれど?」
「ミーナのは、“ごっこ”なのですっ!」
案の定、“ごっこ遊び”のため、ミーナは自作の「クッキーもどき」や、野草で作った「ハーブティーらしきもの」を並べていく。
そして、猫たちは丸い石をマカロンのつもりで並べ始め、最後には「ケーキですの〜!」と叫びながら、なぜかガゼボの屋根に登っていく始末。
「降りなさい! それは“ケーキ”ではなく瓦ですわ!」
◆◆◆
セレナはため息をつきながらも、結局ミーナの隣に腰を下ろした。
「……もういいですわ。わたくしも貴族としての余裕を見せましょう」
「やったのですっ! ではセレナは“おきゃくさま役”ですの!」
「お客……というより人質の気分ですが、了解しましたわ」
小さなティーセット(実際は小石と花びら)を手にしたミーナは、得意げにセレナに差し出す。
「お茶ですの! つみたてなのです!」
「……この“摘みたて”は、どこで摘まれましたの?」
「お隣の庭ですの〜」
「ちょっと! 隣家の庭に勝手に入ってはなりませんわよ!?」
「もう済んだことですの〜」
「済んでませんわっ!」
猫たちが、木の枝で作った謎のケーキをトレイに乗せてセレナに差し出す。
「これは……いえ、もはや訊くまい……」
「どうぞめしあがれっ!」
「……お腹を壊すのは嫌ですわ……が、ミーナ様の笑顔の前では、わたくしの胃も本望……!」
◆◆◆◆
そんな騒がしい「ごっこティータイム」が、午後の陽光の下、2時間ほど続いた。
途中、ガゼボの屋根の上から猫が飛び降りてセレナの肩に落下したり、ミーナが「おかわりですのーっ」と叫びながらジュースを(自分で)こぼしたり、ティーカップにトマトを入れられたりと、事件は多発したが……
最終的にセレナは椅子にもたれて微笑んでいた。
「ふふ……まあ、こういう休日も、たまには……悪くないかもしれませんわ」
「また来ますのっ!」
「……ええ、次はもう少し静かに。あと、屋根には登らないでいただきたいですわね……」
「にゃー(無理)」
「にゃにゃっ(明日も来る)」
◆◆◆◆◆
こうして、レーヴェンクロイツ家の優雅な庭園にも、騒がしくも温かな午後の記憶が一つ、刻まれたのだった。