表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

145/256

セレナ嬢の優雅な休日

朝の光が貴族街をやさしく照らし出すころ。

レーヴェンクロイツ家の庭園では、涼やかな風に揺れる薔薇の香りが満ちていた。


その中央、ガゼボの白い天蓋の下で紅茶を片手に座るのは、この街でも名高い美貌と才気を誇る令嬢、セレナ・フォン・レーヴェンクロイツである。


「……ふう。ようやく“静けさ”というものが味わえますわ」


そう、今日は久方ぶりの予定のない休日。

公務も視察も、町の子どもたちの絵本読み聞かせもない完全なる自由時間。

セレナは朝から、淹れたての紅茶とお気に入りの本を持って、ゆったりとした時間を楽しんでいた。


「うふふ、こういう時間、貴族令嬢らしくて好きですわ……♪」


だが——そんな静寂は、そう長くは続かないのが運命だった。




「セレーナぁあぁ〜っ!」


どこからか聞こえる、甲高い子どもの声。

そして、パタパタパタッという小さな足音。

ガゼボの奥から、金髪のふわふわツインテールが飛び込んでくる。


「……ミーナ様。まさかとは思いましたけれど、本当に来ましたのね」


「はいっ! セレナも、ひまなのですって言ってましたから! 一緒に遊ぶのですっ!」


「わたくし、暇とは申しておりませんわ。静かな時間を——」


「ねこたちも来ましたのよ〜っ!」


「にゃああぁ〜〜〜っ!」


案の定、猫たちもぞろぞろとガゼボに突入。

紅茶のカップがガタリと揺れ、クッションの上に毛が舞い上がる。


「……優雅な休日、終了の鐘が鳴りましたわ……」



◆◆


「で、何をなさるおつもりなのです?」


仕方なく、セレナは猫たちの毛を払いながら尋ねる。


「お庭で“アフタヌーンティーごっこ”をするのです!」


「本物のアフタヌーンティーなら、今わたくしがしておりましたけれど?」


「ミーナのは、“ごっこ”なのですっ!」


案の定、“ごっこ遊び”のため、ミーナは自作の「クッキーもどき」や、野草で作った「ハーブティーらしきもの」を並べていく。


そして、猫たちは丸い石をマカロンのつもりで並べ始め、最後には「ケーキですの〜!」と叫びながら、なぜかガゼボの屋根に登っていく始末。


「降りなさい! それは“ケーキ”ではなく瓦ですわ!」



◆◆◆


セレナはため息をつきながらも、結局ミーナの隣に腰を下ろした。


「……もういいですわ。わたくしも貴族としての余裕を見せましょう」


「やったのですっ! ではセレナは“おきゃくさま役”ですの!」


「お客……というより人質の気分ですが、了解しましたわ」


小さなティーセット(実際は小石と花びら)を手にしたミーナは、得意げにセレナに差し出す。


「お茶ですの! つみたてなのです!」


「……この“摘みたて”は、どこで摘まれましたの?」


「お隣の庭ですの〜」


「ちょっと! 隣家の庭に勝手に入ってはなりませんわよ!?」


「もう済んだことですの〜」


「済んでませんわっ!」


猫たちが、木の枝で作った謎のケーキをトレイに乗せてセレナに差し出す。


「これは……いえ、もはや訊くまい……」


「どうぞめしあがれっ!」


「……お腹を壊すのは嫌ですわ……が、ミーナ様の笑顔の前では、わたくしの胃も本望……!」



◆◆◆◆


そんな騒がしい「ごっこティータイム」が、午後の陽光の下、2時間ほど続いた。


途中、ガゼボの屋根の上から猫が飛び降りてセレナの肩に落下したり、ミーナが「おかわりですのーっ」と叫びながらジュースを(自分で)こぼしたり、ティーカップにトマトを入れられたりと、事件は多発したが……


最終的にセレナは椅子にもたれて微笑んでいた。


「ふふ……まあ、こういう休日も、たまには……悪くないかもしれませんわ」


「また来ますのっ!」


「……ええ、次はもう少し静かに。あと、屋根には登らないでいただきたいですわね……」


「にゃー(無理)」


「にゃにゃっ(明日も来る)」



◆◆◆◆◆


こうして、レーヴェンクロイツ家の優雅な庭園にも、騒がしくも温かな午後の記憶が一つ、刻まれたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ