「農家ライフと妹の誕生」
ミーナが生まれたのは、俺がこの世界に転生して三年目の春だった。
空気はあたたかくて、麦の芽がやっと土の上に顔を出す頃だった。
産声が聞こえた瞬間、父アベルが涙ぐみながら「女の子だ!」と叫び、母レイナが汗だくでそれに笑ってうなずいた。その瞬間を、俺は部屋の隅で固まったまま眺めていた。
(赤ん坊の時もこんなふうに、俺も抱かれていたのか……)
名前は「ミーナ」。母が考えたらしい。「柔らかい光の子」という意味があるそうだ。名前負けしないくらい、まっすぐで、天使みたいな笑顔をする子に育っていった。
◇
「兄、ミーナも、かかし番、するの!」
夏のある日、ミーナはちいさな麦わら帽子をかぶって、腰に手を当てながら畑に立った。
かかし──これは、畑の守護神である。言わずもがな。
ただし、うちのかかしはすでに村でも有名な“やらかし”アイテムになっていた。以前、俺が「赤い方が三倍カラスを追い払える」と本気で信じて、赤い布を全身に巻いたのだ。
結果、村の子どもたちが「なんかヒーローっぽい」と言い出し、祭りで人気者になった。だが、肝心のカラスにはまるで効果がなかった。
「あの赤いの、まだ強いの?」
「そりゃあもう、見る者にプレッシャーを与えるレベルで……」
「でもカラスにやられたよ?」
「それはきっと……カラスがニュータイプだったんだ」
ミーナは首を傾げた。可愛い。けどわかってない。けど可愛い。
◇
その日の夕方。
ミーナは村の子たちに鬼ごっこへ誘われて、また畑を抜け出してしまった。
帰ってきたときには、かかしは無惨にも倒れ、赤い布は風に舞っていた。
「ご、ごめんなさい……ミーナ、番、忘れた……」
しょんぼりと肩を落とすミーナに、俺はちょっと笑ってしまった。怒る理由なんてない。
「仕方ない。ならもう一度一緒に、作り直そうな」
兄妹でかかしを作ることになった。
木材を切って、古着を着せて、麦わら帽子を載せて、ミーナが「おめめはかわいくする!」と顔に絵を描いた。なぜか猫耳まで追加された。
「にゃんこに守ってもらえば、カラスも来ない!」
「……それ、いい発想かもしれん……」
できあがったのは、猫耳つきの赤いヒーロー風かかし。
どっちつかずで奇妙な見た目だったけど、ミーナが「にゃんこセイバー参上~」と叫んで笑ってるから、たぶん正解だったんだと思う。
◇
それからというもの、俺の中にあった“妙な感覚”が、少しずつはっきりしてきた。
たとえば、種をまく時に「こっちが水はけがいい」と直感で分かる。
雑草の生え具合を見て「この畝、来年は豆科にした方が土が喜ぶ」と思えてしまう。
なんだこれ。農業ガチ勢の第六感か?
(あのときのチャラいスーツ男……もしかして“ボーナス”ってこの変なセンスのこと?)
便利だけど、ド派手ではない。
ただ、「家族が食べる野菜がうまい」って、それだけでありがたいことなんだと、今なら思える。
ある日、収穫したトマトを家族で食べていたとき。
「お兄のトマト、ミーナのより、すっぱくてあまくて……つやつやしてる!」
「それ、たぶん褒めてるんだよな?」
妹の顔には、いつもの無垢な笑顔。
こうして“俺のボーナス”は、少しずつこの農家ライフの中で、形になっていく。