ミーナのしゅわしゅわ飲み物大作戦・前編 〜かわいい研究と、猫たちの混乱〜
◆◆◆
夏の終わりが、ふんわりと空気に混じって漂い始めた頃。
グランフィード家の庭先で、麦わら帽子をかぶった少女が両手を腰に当てて、真剣な顔をしていた。
「……わたしも、つくるのです!」
小さくてまあるい声が、にゃーにゃー騒ぐ猫たちの中で響く。
ミーナである。
ルークがコーヒーで王都を騒がせたという話を聞き、すっかり影響を受けていた。
「にぃにぃは黒くてにがにがな飲み物ですけど……わたしはもっと、しゅわしゅわで、かわいくて、おいしいのを作りたいのです!」
隣でころんと転がっていた白猫の“しろ”が、ぴくりと耳を立てる。
ほかの猫たちも、ぞろぞろと集まってきた。
「にゃ?」
「にゃーん?」
「にゃごっ?」
猫たちは、まるで「面白そうなことが始まったぞ」と言わんばかりの反応で、ミーナを取り囲む。
「ふふふ、では、みなさん! わたしと一緒に研究開始なのです!」
そう言ってミーナは、猫たちを従えて、グランフィード家の畑へ向かった。
◆ミーナの研究日誌(第一日目)◆
「まずは材料ですの!」
野菜しかない。
ミーナは真剣に畑を見つめる。
「うーん……トマト、ニンジン、キュウリ、スイカ……ううぅ、ぜんぶ“食べるもの”ですの〜」
横で猫たちは、勝手にトマトを転がし始め、ボールのようにして遊んでいる。
「ちょっと!それは試作材料ですのよ!? にゃーーーっ!」
追いかけっこの末、トマトは見事に潰れた。
畑の端でミーナがすわりこみ、白猫のしろに語りかける。
「しろ、どう思いますの? どんな飲み物がいいですの?」
「……にゃ」
しろは無言でミーナのひざに乗って、ぐるぐると喉を鳴らしただけだった。
それでもミーナはにっこりと笑う。
「しゅわしゅわの、おひめさまドリンク、つくりますの……!」
◆セレナ、現る
翌朝。
「やっほーう、また面白そうなことしてるじゃない、ミーナ!」
軽快な馬車の音とともに、レーヴェンクロイツ家の紋章が描かれた上品な馬車が庭に到着した。
馬車から優雅に降り立ったのは、いつも通り涼やかな表情のセレナ・フォン・レーヴェンクロイツ嬢。
「やっほう、また面白そうなことしてるじゃない、ミーナ」
ミーナがぱぁっと笑顔を浮かべて駆け寄ると、セレナも少しだけ口元を緩めて頷いた。
「さて、今度は何の実験? あら、猫たちもおそろいで。ふふ、しろも元気そうね」
「いま、“しゅわしゅわ”の飲み物を作ろうとしてますの!」
「……しゅわしゅわ?」
一瞬、セレナはきょとんとした顔をしたが、ミーナが描いた絵(日記帳に描かれた可愛い泡の飲み物)を見て、なるほどと頷いた。
「いいじゃない、ちょっと手伝ってあげる。貴族的発想も入れてあげましょうか」
「わぁいですのーっ!」
だがこのとき、誰も気づかなかった。
猫たちが、裏庭の貯蔵庫へ勝手に侵入し、とある“危険な材料”をくすねていたことに……。
◆混乱の午後
それは、お昼過ぎのことだった。
「にゃーっ!!」
「にゃにゃにゃっ!!」
「にゃぁぁぁっ!!!!」
突然、裏庭から爆音とともに、泡まみれの猫たちが飛び出してきた。
「な、なにごとですの!?」
ミーナとセレナが駆け寄ると、貯蔵庫の中には、ふきこぼれた“発酵中のぶどうジュース”が一面に。
どうやら猫たちがこぼしたそれが、発酵を早め、大爆発を起こしたらしい。
「……おそろしい……」と、セレナ。
「しゅわしゅわ飲み物……ちょっと、ちがったのです……」と、ミーナ。
だが猫たちは妙に誇らしげで、泡だらけの顔で「にゃっ」と鳴いた。
◆それでもミーナは進む!
夕方。
ふろあがりでぴかぴかになったミーナは、日記帳に何かを書き込んでいた。
「わたしはまけないのです。明日はもっとおいしくするのです。ねこたちもがんばったのです。」
ルークがこっそり覗いて、にっこりと笑う。
「……ミーナ。お前、ほんと、すごい子だな」
《つづく》
→ 中編「しゅわしゅわ失敗記録と、しろの秘策」に続く!