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ルーク王都訪問 ~ギャリソンの手腕と王妃の微笑み~

◆王都へ


空は高く澄み渡り、街道を吹き抜ける風に秋の匂いが混じりはじめた頃。

グランフィード家の荷馬車は王都の南門へと到着していた。


「さすが、ギャリソンさん……」


ルークは隣の馬車をちらりと見る。そこには例のレーヴェンクロイツ分家の執事、ギャリソンが静かに控えていた。王都入りの許可、宿舎の手配、さらには貴族間の挨拶回りに至るまで、すべて抜かりなく調整済み。王都訪問を快く整えてくれた立役者である。


「ミーナ、見て見てっ! 城壁がすごく大きいのですっ!」


「はしゃぎすぎるなよー、ミーナ。猫たちもちゃんと見張っててくれ」


「にゃーっ」


白猫の“しろ”が、真剣な顔で頷いた──ように見えた。



◆王都の風


王都エルデン。壮麗な石畳の街道に、多くの人々と馬車が行き交う。

市場の屋台からは焼きたてのパンやハーブの香りが漂い、騎士団の行進とすれ違うたび、ミーナは「おおお……」と目を輝かせた。


そして、ルークたちはある屋敷へと案内された。


「こちらが、王妃陛下のお屋敷でございます」


「えっ、王妃さまのお屋敷!?」


「正確には、かつて王妃陛下がお住まいになっていた別邸です。今は、たまに訪れてお使いになるだけです」


ギャリソンの説明を聞きながら門をくぐったそのときだった。



◆再会


「まあ……ミーナちゃん?」


「……あっ! 王妃さまなのですっ!!」


庭のテラスに立っていたのは、エルデン王妃アリアーナ。優美なドレスに身を包みながら、まるで娘に手を振るように穏やかな笑みを浮かべていた。


「王妃陛下、突然のご訪問にて失礼いたします」


ルークがすぐに頭を下げる。


「よいのよ、ルークさん。ミーナちゃんにまた会えるなんて、私のほうが嬉しいわ」


ミーナはもう我慢できずに駆け寄り、王妃の前でぴたりと足を止め、ぺこりと礼をした。


「わたし、ミーナ・グランフィードなのですっ! 王妃さま、またあそんでくれますか?」


その無垢な声に、王妃は少し目を潤ませて微笑んだ。


「ええ、もちろんよ。今日はあなたと、たくさんお話ししたいわ」



◆少女と王妃


王妃とミーナは、庭園の中央に佇む白亜のガゼボ——蔦に囲まれた優雅な東屋の中で、紅茶を楽しんでいた。

涼やかな秋風がカーテンを揺らし、テーブルに並んだティーセットが陽の光を柔らかく反射している。


「このケーキ、とってもふわふわですの!」

ミーナは目をきらきらと輝かせて口いっぱいに頬張っていた。


「うふふ、ミーナちゃんの笑顔を見ると、作ったパティシエも喜ぶわ」


王妃アリアーナは、ティーカップを優雅に持ち上げながら、心から楽しそうに微笑んだ。

ただの形式ではない。まるで本当に、ミーナという一人の少女と心を通わせる時間を、王妃自身が大切にしているようだった。


「王妃さま、ミーナね、猫たちと遊ぶのも好きなのです。でも、しろはたまにズルするのです」


「まぁ、ズル? それは困ったわね。でも……それも愛嬌かしら」


王妃は笑いながら、そっとミーナのカップに紅茶を注ぎ足した。ミーナは満面の笑みで「ありがとうございますの!」と頭を下げる。


ガゼボの外では、猫たちが芝の上をぐるぐると駆け回り、時折しろがミーナの足元に戻ってくる。

華やかな庭園の風景に、王妃とミーナ、猫たちの姿が美しく溶け込んでいた。


──この一幕が、王都の中でも最も格式ある邸宅の庭で繰り広げられているとは、誰が思うだろうか。

それほどに、自然で温かなひとときだった。



◆ルークとギャリソン


ルークはというと、ギャリソンに連れられ、王都の貴族サロン数軒に顔を出していた。もちろん“あの飲み物”の件である。


王都では黒くて香ばしい飲み物の話題がじわじわと広がりつつあり、「グランフィード家の若き農夫が仕掛け人」などと、興味本位の噂が飛び交っていた。


「おそるべし、ギャリソン……」


ルークは貴族たちの微笑みと、妙に好意的な握手攻撃にうんざりしながらも、心の底で少しだけ誇らしかった。



◆猫と侍女と王妃と──


その頃、庭の片隅ではミーナと王妃、そして猫たちによる“おままごとごっこ”が始まっていた。


「これは王国の宝物なのです。しろが番人で、こっちはにゃんこ兵団!」


「まあ……猫さんたち、とっても頼もしいのね」


「でも、たまにサボるのです。怒っても聞かないのですっ」


王妃はミーナの手をとって、優しく言った。


「きっと、猫たちはミーナちゃんが大好きなのよ。だから、何をしても離れないのね」


「……うん、わたしも、しろたちだいすきですの!」


その光景を、屋敷の高窓からギャリソンがひそかに見ていた。


「……あれは、まごうことなき“最強の外交”でございますな」


誰にともなく、ぽつりと呟いた。



◆夕暮れと帰路


その日の夕暮れ、ルークたちは王妃の別邸を辞し、宿舎へと戻っていった。

ミーナは王妃から贈られた可愛らしい絵本を両腕に抱え、満面の笑みを浮かべていた。


「おにぃ、また王妃さまに会いたいのです!」


「うん、また来られるように、俺もがんばるよ」


「にゃー(おれもな)」


しろが得意げに鳴いた……ような気がした。


その後、王都では“黒い香りの飲み物”の話題がさらに加速し、

「ルーク殿のコーヒーは王妃陛下も召し上がったらしい」などという尾ひれのついた噂が広まるのだった。



◆そして──


「さすがギャリソンさんですね」

王都の情報操作と根回しは完璧だった。


ルークはそう呟きながら、自分の作った豆を静かに見下ろす。


──コーヒーの香りと、ミーナの笑顔。

このふたつを守るためなら、王都訪問だって悪くない。


そう思いながら、彼はそっと笑った。


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