初めての“豆の命名会議”と、セレナの苦悩
◆ある晴れた午後、グランフィード家の庭先にて──
「では、これより──“豆の命名会議”を開催しますっ!!」
ミーナが両手を広げて、声高らかに宣言した。
テーブルの上には、ルークが焙煎まで済ませた数種類の豆たちが、小瓶に分けて整然と並べられている。琥珀色の艶と、焙煎の香ばしい香りが風に乗ってふわりと漂う。
「えーっと、この香りの強い子と、苦みのある子と、酸っぱい子がいて……うーん、どれも好きなのです!」
猫たちはそのまわりで、ぐるぐる回ったり、瓶の匂いを嗅いだり、瓶に手を突っ込もうとしてミーナにぴしゃりと止められたりしていた。
「にゃっ(名前?)」
「にゃー(まさか、我らに名付けの義が……!?)」
「こらこら、おまえたちは飲めないんだからねっ」
◆セレナの、苦悩。
「……それにしても、ルークさん。結局この“コーヒー”とやら、一体なにを目指しているんですの?」
日傘を片手に、優雅に椅子に腰かけたセレナが、眉をひそめながらルークを見た。
「うーん……たぶん“心の目覚め”とか、“静かなる情熱”とか……? いや、違うな。“一口で世界が変わるような衝撃”かもしれない。あの赤い実の中に、眠ってるんだよ」
「……詩人になったつもりですの?」
「いや、本気だよ。セレナ、焙煎したこの豆、ちょっと香りを嗅いでみなよ」
「……仕方ありませんわね」
セレナは鼻先に小瓶を近づけ、そっと香りを吸い込んだ。
──その瞬間。
「……っ! な、なんて複雑な香り……」
軽やかさの奥に潜む深み、そしてほのかな甘さと、遠くで燻るような苦み。そのすべてが一体となって、鼻腔を震わせる。
「……これが、あの赤い実から……?」
「焙煎は、豆の中の眠ってる魂を起こす作業なんだよ。焙煎次第で、味も香りも、全部変わるんだ」
「それは……まるで貴族の教育のようですわね」
セレナは思わず真剣な顔になった。
──が。
「でも、貴族に“焦がす”工程はありませんものね……!」
「……貴族を焙煎しようとしてるわけじゃないからな?」
◆ミーナ、命名を頑張る。
「えっとですね、この苦いのは“くろくろくん”で、この元気な匂いのは“ぴかぴかたん”で──」
「それ、ぜんぶ見た目とノリじゃね?」
「にぃにぃ、かわいいほうが売れるのです!!」
「……どこに売るんだよ?」
「王都です!!」
「あぁ……うん……」
すると、猫たちも我慢できなくなって紙と炭筆を使い、瓶の横に何やら文字らしきものを書き始める。
「にゃっ(“ねこいち号”)」
「にゃー(“マグロ味”)」
「にゃにゃっ(“黒くてカッコいいヤツ”)」
「……ちょっと、にゃんこたち、それは違うのです! 食べものじゃないのです!!」
◆セレナ、そして苦悩。
「……わたくし、この中から“王族にふさわしい一杯”を選ぶ、という大任を仰せつかっておりますのに……」
セレナはどれもこれも微妙に違う香りと味に頭を抱えはじめた。
「この酸味……南方の軽やかさ……でも、こちらの苦味には荘厳さが……あぁもうっ!!」
「セレナ様、苦悩されてます!」「紙です! 新しい紙を!」「お茶を──あ、コーヒーを!」
セレナの侍女たちが慌ただしく動き出す。
「……これが、“農家の遊び”であればよかったのですけれど」
「まぁ遊びみたいなもんだよ。けど、そのうち本当に、王族に献上される日がくるかもしれないぜ?」
ルークはにやりと笑い、瓶を一本持ち上げた。
「さあ、選ぼうぜ。セレナ。“あなたの一杯”を」
セレナは少しだけ頬を染めて、手袋越しに瓶を受け取った。
「……まったく、面倒な男ですわ。ほんとに」
◆“名付け”完了。
「ということで、この黒くて苦いけど、香りがいい子は“セレナブレンド”に決まりましたっ!」
「えええええ!? わたくしの名前を勝手に!?」
「だってセレナが一番悩んでましたの」
「にゃー(お前が悩みブレンド)」
「にゃっ(語感がいい)」
「……にぃにぃ、次はミーナブレンドなのです!」
「……おう、じゃあ次は甘くて優しい、朝にぴったりなやつ作ってみるか」
「やったのですーー!!」
◆そして静かに──日は暮れて。
瓶に入った“セレナブレンド”が、傾きかけた日差しの中で小さく光っていた。
「コーヒーって、なんだか……奥が深いですわね」
「だろ?」
セレナが目を閉じると、香ばしく漂うその香りが、ゆっくりと心に染み渡っていった。
このところなんか 桃が食べたくて食べたくて・・・桃で書いていたら
『ももたましい!〜桃の王国と十二品種の姫君〜』
こんな話になってしまった。相変わらず、乗りと勢いで書いています。
もし桃が食べたいと思ったら(食べたくなくても) 一度読んでみてください。
[ボソッと、また桃狩り行きたいなぁ 中込○園とか…]