「月夜の小さな声(子供たち)」
その夜、農村の空はよく晴れていた。
風もなく、星がくっきりと見える。月はまんまるで、畑の道をうっすら照らしている。
「……おにい……」
誰かの声が、耳元に届いた。
「おにい、ねてるの……?」
小さな手が、俺の頬をつんつんとつつく。
「……起きてるよ」
目を開けると、そこには金色の髪をふわふわにして、パジャマ姿で立っている妹、ミーナの姿。
「トイレ、こわい……いっしょ、きて……」
「わかったわかった。手、つなごうな」
眠気まなこで起き上がり、ミーナの手を引いて家の裏手まで歩いていく。木造の家は夜になるときしむ音が大きくて、小さい子には確かに怖いかもしれない。
田舎の夜は静かで、虫の声だけがささやいていた。
用を済ませて戻る途中、ふと思い出す。
(……そういえば俺、転生してたんだっけ)
誕生日の夜に、前世の記憶を思い出してから、もう数ヶ月が経っていた。
あのスーツの男の「ボーナスつけといたから」という謎の言葉も、最初は夢かと思っていたけれど──
最近、なんとなくわかってきた。
たとえば。
・植物の育ちがなぜかよく見えるようになった。
・土の色や湿り気で、明日の天気がなんとなく読める。
・種を植える時、少しだけ“効率のいい”タイミングや位置がわかる。
「……これ、地味にすごいやつじゃない?」
農家にとっては最高の才能かもしれない。
だが、それを誰に説明したらいいかわからなかった。
「おにい、なににやにやしてるの?」
「いや、なんでもない」
ミーナのふわふわ金髪が、月明かりでほんのり輝いて見えた。
妹の手はあたたかくて、ちょっとだけ汗ばんでいる。
俺の“ボーナス”なんて、正直どうでもいい。
今は、こうしてミーナと並んで歩けるだけで、十分だと思えた。
でも、どうやらこの“才能”は、少しずつ俺の暮らしに影響を与えていくらしい。
知らないうちに、畑がよく育ち、野菜の味がよくなり、村の人が少しずつ驚き始めていた──。