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ルークのコーヒーバカ一代 その3

第三話 ネル布とミルと、猫の誤解


朝日が昇る頃、グランフィード家の調理小屋には、妙な緊張感が漂っていた。


ルークはテーブルの上に、まるで宝物のように並べた道具を見つめていた。小さな臼のようなもの、細長い棒、そして何枚かの布。


「ようやくここまで来た……!」


ミーナのトマトへの情熱に匹敵する勢いで、ルークのコーヒー道も順調に(?)進んでいた。前回、焙煎に成功したルークは、いよいよ「挽いて、淹れる」段階へと突入していた。


「ミル、つまり豆を挽くための道具。前世で見たのは金属のハンドル付きだったけど……とりあえず石臼を改造して作ってみた!」


木の板を組み、軸に固定した小さな臼を回せば、焼いた豆が細かく砕かれていく。


「よし……まあまあの粗さ。いいんじゃないか?」


猫たちが興味津々で鼻をひくひくさせながら覗き込む。


「にゃっ……」


ひとりの猫が粉に鼻を突っ込み──


「ぶえっくしょい!!」


盛大にくしゃみをして、コーヒー粉が舞い上がる。


「おおおおおおおお!? やめろおぉぉぉぉ!!」


ルークは粉まみれの猫を抱き上げて、必死に粉を救出する。


「お前ら……これはな、神聖な儀式なんだ……。ふざけるなよ……!」


「にゃっ……(すまぬ)」


◆◇◆


次に取り出したのは、「ネル布」と呼ばれる布。


「前に絞り袋でジュース作ってたときの布があったよな……ちょっと加工して……こいつを“ドリップ”に使う!」


小鍋に湯を沸かし、ネル布を金輪に縫い付けた簡易ドリッパーに設置。ミルで挽いた豆を入れて──


「お湯を、少しずつ……中心から、のの字に注ぐ……!」


しゅううぅぅ……


ぷくぷくと泡を立てながら、お湯がネル布を通って下の器にゆっくりと濃い液体を落とし始める。


「……できた……これが……これこそが……!」


ルークは震える指で、器を手に取る。


深い琥珀色、かすかに立ち昇る苦味と香ばしさが混じり合った香り。


「飲むぞ……俺……!」


ひと口、口に含んだ瞬間──


「……くぅぅぅぅぅぅ……し、しみるぅぅぅぅ……!」


猫たちはその様子を目を丸くして見ていた。


「にゃっ……(毒か?)」


「にゃにゃ……(やっぱり……)」


一匹がそっと匂いを嗅ぎに行くと、


「ふっ……これはお前らには早すぎる……コーヒーとは、心で味わうものだからな……」


◆◇◆


その日の午後。


ルークは何杯かのコーヒーを淹れたのち、セレナのいる離れの庭に呼ばれていた。


「ルークさん、あの赤い実、ほんとうに面白い香りですわ。干したものをいくつか持ち帰りましたの。でも……“コーヒー”って、何なんですの?」


「これだよ。さっきあの豆で淹れたんだ。飲んでみる?」


ルークはセレナ専用の木製カップに、慎重にドリップしたコーヒーを注いだ。


セレナは香りをかぐと、少し目を細めた。


「……なんだか、こう……焦げた木とナッツと、花の香りを混ぜたような……複雑ですわね」


一口、口にする。


「……にがっ! でも……不思議と後を引きますわ。なにかこう……深い味」


「でしょ? これがコーヒー。この苦さと香ばしさを求めて、どれだけの文明が動いたか……」


ルークが語り始めると、猫たちはまたそばで地面に絵を描き始めた。

丸い豆、ミル、ネル布、カップ──まるで記録係のようだった。


「……それにしても、あなた、やっぱり変わってますわね」


「褒め言葉として受け取るよ」


「でも……わたくし、こういうの、嫌いじゃありませんわ」


セレナが静かに笑った。


◆◇◆


その夜。


ミーナは、ルークが一生懸命ネル布を洗っているのを見て不思議そうに尋ねた。


「にぃにぃ、そんな布、なにに使うのですか?」


「ん? これはな、にぃにぃの大切な……えーっと、コーヒーの魔法の布!」


「にゃんだって!!」


「お前らはしゃべるな!!」


猫たちがびっくりしたように尻尾を膨らませる。


「わたしも、飲んでみたいですの!」


「……えええぇ!? ミーナにはまだ早い……って、まあ、ちょっとだけなら……」


そして、ミーナのカップには、ほんの一滴、極薄のコーヒーが注がれた。


「……にっがーーーい!!」


「はは、だろ? でもこれが“味”なんだよ」


「……でも、にぃにぃの作ったのだから、少しだけ好きですの」


ルークはその言葉に、ネル布よりもふわふわと心があたたかくなった。



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