ルークのコーヒーバカ一代 その2
第二話 焙煎、そして香りとの邂逅
――秋の午後。
畑の端にある調理小屋の裏手から、香ばしい匂いがふんわりと立ち上っていた。
「……ふふふ、きたきた……! この香り……間違いない!」
目を細めて焙煎鍋を振るルークの顔には、明らかに“職人”の色が浮かんでいた。
乾燥させた謎の赤い実──いや、コーヒー豆を手に入れたルークは、次なる工程へと進んでいた。
そう、コーヒー作りの心臓部──焙煎である。
◆◆◆
「……なぁ、どうやって焙煎するのが正しいんだ?」
調理小屋にあった鉄鍋を片手に、ルークは悩んでいた。
焙煎の知識はある程度ある。浅煎り、中煎り、深煎り、火加減、タイミング、冷却……。
だがここは異世界。電気コンロもタイマーもない。
あるのは炭火と勘、そして情熱のみ!
「火は強すぎてもいけない、でも弱すぎると香りが出ない……!」
思い出せ、自分の記憶……豆が膨らみ始めたら、煙と香りが立ちのぼったら……パチパチと弾ける音、あれが“第一のハゼ”だ……!
「集中だ……俺は今、“煎ってる”んじゃない……“育ててる”んだ!」
そんな熱気に包まれる調理場の隅で、猫たちがじっとその様子を見守っていた。
「にゃー……(なんか怪しい)」
「にゃぅ……(でもいい匂い)」
猫たちにとってはよくわからない実験風景だが、漂ってくる香りは妙に心地よい。
◆◆◆
「第一ハゼきた……! このタイミングだ!」
鍋の中の豆がポンポンと弾けはじめる。
焦げ茶色に変化していくその様子は、まさにコーヒーの誕生を告げる儀式。
「ここで止めれば中煎り……もう少しで深煎り……どっちにする!?」
脳裏に浮かぶのは、香り高くコクのあるブレンド。
苦味が効いて、でもすっきりした後味。甘さは控えめで、どこか懐かしい“あの一杯”。
「よし……今だっ!」
ルークは鍋を持ち上げ、広げた網の上に中身をザーッとあけた。
香ばしい煙と共に、キラリと輝く焙煎豆が現れる。
「冷ませ……急いで冷ませ……!」
うちわで扇ぐ、猫たちも手伝おうと(?)しっぽで扇ぎ出す。
「……お前ら……えらいな」
「にゃー(もっと褒めろ)」 「にゃっ(ご褒美にサカナ)」
「これコーヒーだから! サカナじゃないから!」
◆◆◆
夕方、焙煎豆が完全に冷え、艶を帯びて落ち着いた頃。
ルークは小さな石臼に豆を入れて、ゆっくりと回しはじめた。
「……この音……この香り……!」
ゴリゴリという音とともに、香ばしい匂いが調理小屋中に広がる。
ミーナがパタパタと駆けてくる。
「にぃにぃ、また変なことしてるのですか?」
「変じゃない! “神聖な作業”だ!! これはコーヒーという、尊き飲み物をつくるための……」
「ふーん、くんくん……なんか焦げた豆の匂いがするのです」
「焦げてない! これは……深煎りの香り……!」
ミーナはふにゃっと首を傾げて、しろ(猫)を見やる。
「ねぇしろ、これ食べられるの?」
「にゃー(さっきからずっと気になってる)」
「食べ物じゃないの! 飲み物!! しかも子どもにはちょっと早いかも!」
「ふーん……でも、ミーナも飲みたいのです」
「……あ、あー……じゃあ今度“カフェオレ”っぽくして、ちょっとだけな」
ミーナがぱぁっと笑う。
「やったのですーっ!!」
◆◆◆
そしてついに、ルークは焙煎した粉を手に取った。
「いよいよだ……次は抽出……ドリップはできなくても……煮出せば……!」
気合を入れて湯を沸かし、粗挽きの粉を布で包み、湯に沈めてじっくり煮出していく。
「……いい感じ……香りが……うん、間違いなく“コーヒー”だ……!」
猫たちは湯気にむせ返りながらも、興味津々。
「にゃー(大人のにおい)」
「にゃっ(ちょっと苦そう)」
そして──。
◆◆◆
「いただきます……!」
ルークは器を手に、湯気の立つ液体を口に運ぶ。
ほんのり酸味、そして香ばしさの奥に、あの“苦味”が。
「……っっっくぅぅぅぅ!! これだ!!」
目を見開く。
「……これが……俺の……異世界コーヒー……!」
グランフィード家の調理小屋に、熱い静寂が流れた。
ミーナが心配そうにのぞきこむ。
「にぃにぃ……だいじょうぶ?」
「……ああ、大丈夫だ……すごく……満たされた……」
「ふふっ、へんなのー」
◆◆◆
こうして、異世界でコーヒーを焙煎し、初めての一杯を味わったルーク。
まだまだ試行錯誤は続くだろう。だが、彼の心には確かな手応えがあった。
「次は……ドリップ道具の開発だな……あと、砂糖も……牛乳も……ミルも……!」
「にゃー(また始まった)」
「にゃにゃー(でも楽しそう)」
その夜、ルークの寝床からはひたすら
「中煎りと深煎りの境目が……」「ネルドリップ……」「ネル布って作れるか……」
といった寝言が聞こえてきたという。
(第二話:完)