醤油のその後 ~王都より視察来たる!~
◆醤油の香りが風に乗って
ルークが偶然のひらめきと、謎の“頭の中に降ってきた知識”で作り上げた「醤油もどき」は、グランフィード家の食卓を豊かにしただけでなく、村の人々の間でも話題となっていた。
「ルークさんの黒いタレ、焼いた野菜に合うんだわ」
「煮物にも合うし、なんつーか……味が深いんだよ!」
──そんな声は、どこからともなく王都へ届いていた。
◆王都からの視察団
秋も深まり始めたある日。
グランフィード家の門前に、またしても立派な馬車が二台並んだ。
「……またかよぉ……」
調理小屋で麦を炒っていたルークは、遠くに見える馬車にげんなりして空を仰ぐ。
「にぃにぃっ、またお客さまですの!」
麦わら帽子姿のミーナが猫たちと一緒に走ってきた。
「わぁ、きらきらの馬車ですのー! おいしそうなおじさま乗ってますの?」
「にゃー(いい匂いする)」
「にゃー!(またなんか始まる)」
馬車から降りてきたのは、白いコック服に身を包んだ、恰幅のいい中年男性。
「グランフィード家の皆さま! はじめまして、王都第一料理院のバルドと申します!」
「……第一料理院?」「どこだよそれ!?そんなとこから何の用だよぉ……」
バルドは大げさな仕草で、ルークに頭を下げた。
「噂に聞いた“醤油”なる黒い旨味液体! ぜひ拝見したく参りました!」
◆試食会、始まる
ルークは仕方なく調理小屋へと案内し、仕込み壺や材料の説明をする。
バルドは「ほぉ!」「うむ!」といちいち大げさに頷き、ついには謎のポエムを口ずさみ始める始末。
「……焼き魚に垂らしたときの香ばしさが……嗚呼、魂の琥珀……」
「帰っていい?」とルークが呟いたその時。
「にぃにぃっ! お魚いっぱい釣れましたのー!」
元気なミーナがしろと一緒に川魚の籠を持ってくる。
「ありがたや! その魚、ぜひ試食に!」
と目を輝かせるバルド。
さっそく炭火を起こし、ルークが串に刺して炙り、じゅわっと醤油を垂らしたその時。
◆猫たちの逆襲(再び)
「にゃにゃっ! にゃー!! にゃーー!!」
猫たちが一斉に騒ぎ出した。
「うるさいのです! ならんでくださいなの!」
ミーナがピシャリと命じると、猫たちは正座して待機する。
「……この光景、どこかで……いや、毎回だな……」
とルークはぼやく。
バルドは一口かじり──
「……う、うまい! これはまさしく味の革命!!!」
涙をこぼして絶叫した。
◆帰り道と、その後
その後、バルドは醤油の製法を丁寧に写し取り、何度も頭を下げて王都へ戻っていった。
「王都の料理長があんなに感動するなんて……にぃにぃ、すごいですの!」
「いやいや、たまたま……ほんとにたまたまだから……」
「にゃー(またなにか作れ)」
「にゃっ(次は肉に合うやつ)」
そして、まだ正座で並ぶ猫たちに、ミーナがまたピシャリ。
「おかわりは禁止なのです! おなかこわしますの!!」
◆おわりに
王都へと届いた、香ばしい黒い液体の噂。
それはルークと、可愛いミーナ、そして猫たちが織りなす農家ライフの延長に過ぎなかった。
けれど──その穏やかで騒がしい日常こそが、何よりも価値ある「味」だった。