ルーク、醤油に挑む ~畑から始まる発酵の奇跡~
朝の光が畑の隅々まで差し込み、金色に色づいた大豆の葉が風に揺れていた。
グランフィード家の畑の一角、大豆の収穫に励んでいたルークは、ふと手を止めた。
「……そーいや、醤油って大豆からできてなかったか?」
畝の隅にしゃがみ込み、手にした鞘から大豆をつまみ上げる。
ぽりぽりと殻を剥いて、指先に乗った豆をじっと見つめた。
「大豆、小麦、塩……あと、なんだったっけ……麹? 麹って……工事とは違うよな?」
自問自答しながら空を見上げる。
そこには、どこかの記憶で見たような、チャラいスーツを着た男が浮かぶ。
──なんかこう、異世界にありがちな“知識チート”の使者みたいな。
「なあ、誰でもいいから俺にその知識、与えてくれんかな……」
冗談半分、願望半分でつぶやいたその瞬間──
びびび、と脳内を何かが走った。
「……あれ、なんだこれ……? ……頭の中に……醤油の作り方……??」
まるで、眠っていた知識が急に目を覚ましたように。
大豆を蒸して、麹菌を使って、小麦を炒って、塩水に混ぜて、時間をかけて発酵させて……。
「や、やべぇ……なんか作れる気がしてきたぞ……?」
◆麹とは何か問題
「麹って、たしか……なんか白くて、米とか麦に生えて……菌……? カビか?」
怖いのか、ありがたいのかわからない存在を思い浮かべながら、ルークはとにかく試すことにした。
「うちには米も麦もあるし……この大豆で試してみるしかねぇな」
調理小屋に戻ると、ルークは早速小麦を炒って粉砕し、蒸した大豆と混ぜ合わせた。
問題は、麹菌だった。
「どこかに、いい感じの白カビ……じゃなくて、なんか育ってないかな」
探すまでもなかった。
ちょうど野菜保存室の片隅に、白いふわふわした何かを見つけた。
さすがに衛生的にアレだったので、培養をやり直すことに。
──ルークは野菜と土の管理に異様に詳しい。つまり、発酵にも強かった。
「……これで、いけるんじゃね?」
数日後、無事にそれっぽい麹が完成。
ふわふわと香り立つ白い菌の塊を、小麦と大豆に混ぜて、塩水に漬ける。
「ふぅ……あとは……待つだけ、か」
◆発酵という魔法
毎日、かき混ぜて、温度と湿度を調整して、時には猫たちに邪魔されながら。
「ミーナー! その瓶には触るなー!」
「にゃっ」
「おい、混ぜるのは俺だって!」
猫たちと格闘しながら、ルークの“醤油もどき”は日々変化を見せていた。
色が変わる。
香りが立つ。
液体が分離し、瓶の底に溜まっていく。
「おおお……っ、これ……! なんか、醤油っぽくね!??」
味見は慎重に。ひとさじすくって、舐めてみる。
「しょっぱ……けど、旨味……あるな!? やったぞ!!!」
見た目は濃い琥珀色。
香りはほんのり甘く、独特なコク。
まさに、ルーク風“異世界手作り醤油”であった。
◆ミーナ、初体験
「ミーナー! 今日の焼きおにぎりはな、これで味つけするぞ!」
「ん? なにそれなのですー?」
焼いたご飯の香ばしさに、ルークの作った“醤油”を塗り、炭火でじっくりと。
「……いい匂いがするのです! すっごいのです!」
「にぃにぃは、なんでも作れるのですね……!」
そう言って目を輝かせるミーナ。
ルークはちょっと鼻高々だった。
「……ま、知識チートってやつかな」
もちろん、実際はルークの努力と応用の賜物である。
けれども、その奇跡のような一歩は──またひとつ、グランフィード家の食卓を豊かにしてくれたのだった。