そして、別れの時
翌朝。ベルナン王国の畑に柔らかな朝日が差し込む頃、ミーナはそっと案山子の前に立っていた。
「せいれいさん……ミーナ、もう帰るのです」
案山子の肩にちょこんと座った精霊は、ふよりと浮かび、ミーナの目の前まで降りてくる。
「ミーナと、いっしょに、帰るのです」
ミーナの両手がそっと差し出された。
けれど、精霊は首を横に振る。
「わたしは、この畑をまもる。ミーナが、つくってくれた、たからもの……ここにいるの」
その言葉に、ミーナの顔がしゅん、と曇った。
「……ひとり、いやなのです……」
そばにいた猫たちが、にゃーん、と鳴いた。
慰めるようにミーナの足元にすり寄るが、当の本人は深刻である。
「にぃにぃの畑も、せいれいさんがいてくれたら、もっともっとすごいのに……」
そこへルークがやってきた。案山子の木槌を肩に引っさげ、のんびりした口調で言う。
「ミーナ。強い子はな、ちゃんと“さよなら”ができる子なんだぞ」
「……でも……」
「ほら、精霊さんだって寂しいんだ。けど、それでも畑を守るって決めたんだ。だったら、俺たちも畑を育てて、それをいつか精霊さんに見せようぜ」
ミーナはしばらく黙っていたが、やがて、小さくうなずいた。
「うん……わかりました。せいれいさん、ここでがんばってくださいなのです」
「ミーナも、がんばって」
精霊がふわりとミーナの額に触れた。
小さな光の粒が、キラリと舞う。
──その瞬間、ミーナの表情がぱぁっと明るくなった。
「……よーし、ミーナもがんばるのです! にぃにぃ、かえるのですー!」
◆猫たちの混乱と、セレナの冷ややかさ
荷物の積み込みが終わる頃、猫たちが精霊の周りをぐるぐるとまわっていた。
「にゃっ」「ふにゃにゃっ」
「くるのです? こないのです? どっちなのです?」
彼らなりに別れが理解できないようで、うろうろうろうろ、時に荷物の上に乗り、時に馬車の中に潜り込もうとする始末。
セレナが溜息をひとつ。
「……本当にあなたたち、どこまで落ち着きがないのかしら。少しは猫としての誇りを……」
「にゃっ」
「ちょっ、なに? 尻尾でつつかないで! ふわふわでくすぐった……こら、やめなさい!」
猫たちは別れの感傷とは無縁に、セレナの足元で全力ではしゃいでいた。
◆別れの時
「……ミーナちゃん、またいらっしゃいね。お姉さま、いつでも歓迎するわ」
「うん! ミリーナおばさま、またくるのですー!」
「ふふ……おねえさんよ!!もぅ、本当に、可愛い子」
レイナが少しだけ肩をすくめ、苦笑した。
「まったく、あの子の元気はあなた譲りね」
「いいえ、母上譲りですわ」
冗談めかした言葉にふたりして微笑む。
馬車が発つ時、ミーナは何度も後ろを振り返り、手を振っていた。
猫たちも座席の隙間から顔を出し、尻尾をふりふり。
精霊は、案山子の肩から小さく手を振り返した。
風に紅葉が舞い散る中、ベルナンの畑と精霊、そして案山子たちは、静かに見送っていた。
──秋の別れと、次なる再会への約束。
それは、小さな冒険の終わりであり、また新たな一歩のはじまりだった。
「そういえば、にぃにぃ あのかかしさん、赤くないのです?」