「月夜の小さな声」
夜も更けて、家の中は静まり返っていた。
ミーナはすやすやと、両手を広げて寝息を立て、
ルークも布団にくるまって、疲れたように眠っている。
そんな中、小さなランプの火を囲んで、
アベルとレイナのふたりが、肩を並べていた。
—
「……今日も、頑張ってたな。ルークもミーナも」
アベルが、静かに湯呑を傾ける。
「ふふ。ミーナは、あいかわらず“元気すぎる”わね」
「いや、あれは……元気っていうか……バカかわいいっていうか……」
「あなた、最近そればっかり言ってるわよ」
—
ふたりの間に、ふっと優しい笑いがこぼれる。
しばし沈黙。
レイナが、少し遠くを見つめながら言った。
「ルーク……気づいてるのかしらね、自分の“中身”に」
「……ああ。たぶん、気づいてる。もう、知ってる顔だ」
「そう……」
「でも、不思議と……焦りも怯えもない。
まるで“それも自分だ”って、受け入れてるようだったよ」
—
レイナは目を伏せる。
「……私たち、あの子に何を残せるのかしら」
「お前はもう、十分残してるよ。
——ミーナも、ルークも、ちゃんと“愛されてる”って知ってる」
「それだけで、いいのかしら?」
「“それだけ”が、一番むずかしいんだ。……俺たちには、それがなかっただろ?」
—
ふたりの間に、かすかな痛みと、それ以上の優しさが流れる。
アベルは立ち上がり、窓の外を見た。
「このまま、何事もなく暮らせたらいい。
でも……俺の勘が、そうはさせないって言ってる」
「……また“あの剣”を使うつもり?」
「さあな。でも、もしもあいつらを守るためなら——」
「やめて。……できれば、あなたの剣も、私の魔法も、
この家の子たちには見せたくないの」
「……ああ。わかってる」
—
外では、虫の音と夜風の音だけが響いている。
部屋の奥から、ミーナの寝言がかすかに聞こえた。
「……にぃ……すいか……あかいマント……」
アベルとレイナは、思わず吹き出す。
「……あれは、お前の血筋かもな。赤いの大好きなんだとさ」
「違うわよ、きっとあなたの“へんな趣味”よ。赤いかかしなんて聞いたことないわ」
「ええい、かかしに性能を求めて何が悪い!」
—
ふたりの笑いが、月明かりに溶けていく。
それは、静かな夜のなかで確かに息づく、
“家族の幸せ”の証だった。
—
そして朝が来る。
バカかわいい妹と、バカ真面目な兄の一日が、また始まる。