王族の血と案山子づくり~ミーナと田園の王女たち~
ベルナン王国の朝は、秋の風とともに静かに始まった。
王城の離宮の一角、紅葉に彩られた中庭にて、上品な香りの茶が湯気を立てる。
そこにいたのは第一王女ミリーナと、母にして第五王女であるレイナ。
ふたりの美しい姉妹が、やわらかな日差しの下で言葉を交わしていた。
「ミーナちゃん……あの子の未来のこと、時々考えてしまうの」
茶杯を指先で包みながら、ミリーナがぽつりと呟く。
「今は田舎で畑を耕していても……あの子には王族の血が流れている。いずれ、表に出るべき時がくるわ」
「ええ……けれど、その“時”はきっと、ミーナ自身が選ぶものよ」
レイナの声は優しく、けれどどこか確信に満ちていた。
「わたしだって、五女として生まれ……王宮から遠い存在だった。でも、アベルと出会って、ルークとミーナに恵まれて、今はこの選択に満足しているわ」
ミリーナは少し黙り込んだ。彼女の瞳は遠く、畑の向こうの子どもたちへと向いていた。
──猫たちと遊び、精霊と話し、そして案山子を作るミーナ。
王族らしからぬ姿である一方で、その姿には不思議な威厳があった。
「……あの子、本当に、自由ね」
「そうよ。王族の血は、ただ高貴であることだけを意味しないわ。
何を選ぶか、どう生きるか、その“強さ”こそが王にふさわしい資質よ」
静かな時間が流れる中──一つだけ話題に上がらない名前があった。
──ルーク。
彼もまた、王家の血を引いているというのに。
その様子を、そばの椅子に腰かけていたセレナがちらりと聞き耳を立て、ルークの方を見て溜め息をついた。
「……ほんとに影が薄いのね、あなた……」
◆案山子制作、進行中
一方そのころ、離宮近くの畑では、ルークとミーナが奮闘中だった。
秋の澄んだ空気の中で、稲穂の金色が風に揺れ、猫たちがその間を駆け抜ける。
「せいれいさんは、こっちに乗ってくださいなのですーっ!」
ミーナの声に、精霊がふよふよと飛び、案山子の頭にぴたっとおさまる。
「次は、ねこさんたちです! ここに座って、お手ては……ぴんっ!」
「にゃっ」
「ふにゃー」
猫たちも心得たもので、ミーナの指示にしたがって、案山子の肩や足元にぴたりとポーズ。
──できあがったのは、どう見ても“ゆるキャラ”のような案山子。
それでもミーナは大満足だった。
「にぃにぃ~! みてくださいなのですー!」
「あー……すげぇな、うん……なんつーか……独創的で……」
ルークは半分あきれ、半分感心しながら、麦わら帽子を持ち上げて頭をぽりぽり。
「ま、悪くない。これも案山子だしな」
すると、その様子を見ていたセレナが、畑の隅からそっと近づいてきた。
「……本当に、あなたってそういうのには甘いですわね」
「なにがだよ」
「ふふ……」
彼女は、ミーナが布を引っ張って猫たちと格闘している様子を見て、小さく笑った。
◆影が薄い? いいえ、伝道師です
その後も案山子づくりは続き、ミーナの創作意欲はとどまることを知らなかった。
新作の案山子は、鳥よけというより観光客誘致のモニュメントのようで、ルークはとうとう腰を上げた。
「よし、これを“案山子式農業振興”のモデルにすっか」
「にぃにぃ、かかしさんって、そんなすごいのです?」
「そりゃあ、土の守り神だからな」
得意げに語り出すルーク。
「古代ベルナンでは、精霊と人間の橋渡しとして“案山子”が神聖視されてた時代もあったんだ。守り神であり、畑の意思の象徴ってわけ」
「えっ、にぃにぃ、ものしりなのです!?」
「そりゃ、俺は“畑の伝道師”だからな」
猫たちとセレナが同時に「ぷっ」と吹き出した。
「伝道師って……」「ふふっ、そんな称号あったのですね」
けれど、真剣な眼差しで土を見つめるルークに、セレナの表情が少し変わった。
──ルークは確かに“特別”なのだ。
知識だけでなく、土地の精霊の声を聞く力を持ち、植物と対話し、畑を愛してやまない。
「……やっぱり、影が薄いなんて言ってごめんなさい」
セレナはそっと呟いたが、ルークには届いていない。
彼はもう、次の畝に目を輝かせていた。
◆秋風の中、ひとつの予感
その日の夕方。
完成した案山子を並べ、猫たちと並んで畦道に腰掛けたミーナが、精霊と手をつなぎながらつぶやいた。
「この畑、ずっとまもってくれるのです。かかしさんたちが」
精霊はふわりと羽を揺らし、答えるようにうなずく。
──その姿は、まるで小さな女神のよう。
それを遠くから見ていたミリーナとレイナ。
「やっぱり……あの子はただの農村の少女じゃないわね」
「ええ、王の血と、土地の精霊の力……それを無邪気に受け入れられる子」
紅葉が風に舞い、案山子たちの袖を揺らす。
──小さな未来が、確かに育ちつつあった。
(つづく)