ルークの視察 ~畑と花と、少しだけ冒険の香り~
秋風が心地よく吹き抜ける丘の上。
広がる畑は、今年も変わらず実り豊かで、ルークは黙々と視察の歩を進めていた。
「ふむ……やはり問題ないな」
手にした記録帳に丁寧な筆跡で記す。立て直した土壌はその後も自然に馴染み、緋陽草の区画では、美しい赤が揺れていた。
「どこを見ても……完璧ですね、ルークさん」
横から声をかけたのはセレナ・フォン・レーヴェンクロイツ嬢。今日はいつもと違い、長めのマントとブーツ姿。
その瞳にはきらりと知性の光が宿り、どこか「任務中」とでも言いたげな雰囲気である。
「たまには、こういう真面目な視察も楽しいですわ」
「……いや、楽しいっていうのはちょっと違うけど」
ルークは苦笑しながらも、真剣な目で畝を見つめる。
猫たちはいつものように畑の間をのんびりと走り回って──いや、何か見つけたらしい。
「にゃっ!」「みゃあっ!」
「おいおい、今度は何見つけたんだ?」
ミーナの声が、遠くから響いた。
「にぃにぃ! 猫たちがね、不思議なお花を持ってきたのです!」
振り返ると、ミーナが両手をいっぱいに広げ、猫たちに囲まれて駆け寄ってくる。
その手には──見たこともない、青白く光を反射する花が。
「これは……見たことがないな。どこに咲いてたんだ?」
「向こうの、緋陽草の隣の小道の奥です。しろが見つけたのです!」
ルークが目を細め、セレナも興味深げに身を乗り出す。
「珍しいわね……自然交配で生まれた突然変異かしら。それとも、魔素の影響?」
「ミーナ、案内してくれるか?」
「はーいっ!」
◆小さな発見と大きな驚き
案内されたその小道の先、確かにそこには数輪だけ、あの青白い花が咲いていた。
ただの雑草にしては形が整いすぎており、香りもどこか甘い。
セレナが慎重に手をかざす。
「……わずかに反応があるわ。微量だけど、精霊に近い魔素の気配が残ってる」
「まさか、精霊草の亜種?」
ルークは驚いたように目を見開く。
「精霊草……? 精霊さんが好きなお花なのですか?」
ミーナの瞳がきらきらと輝いた。
「精霊にとって居心地のいい場所に自然と咲くと言われてる花だ。だから、これが咲いてるってことは──」
「この畑、すでに“精霊の加護”に近い状態になってる可能性が高いわね」
セレナの声に、ルークは肩をすくめた。
「まさか……俺の畑がそこまでになってたとは。伝道師でも名乗るべきか?」
「名乗ればいいと思いますっ!」
ミーナが元気いっぱいに答えた。
◆そして、ちょっとした事件に
ところがその時──
猫たちが花の周囲をぴょんぴょん跳ね始めたかと思うと、突然、ひときわ大きな「ぽふっ!」という音が。
青白い光が一瞬弾け、空間に小さな精霊が現れた。
「……うわ、で、出た!?」「こ、これはすごい……!」
小さな葉の精霊らしきそれは、興味津々にミーナを見つめ、ふわふわと宙を舞う。
「こんにちはなのです! わたし、ミーナなのです!」
精霊は一瞬きらりと光り、そして静かにミーナの頭に着地した。
その姿を見て、ルークもセレナも、そして猫たちも、どこか納得したようにうなずいた。
「……うん、やっぱりそうなるか」
「えへへ、精霊さんもおともだちなのですっ」
こうして、ベルナン王国の畑にまた一つ、不思議な存在が加わることとなった。
──ミーナは、今日もとびきり可愛かった。
(つづく)
ちょっと違うお話も書いてみました。
『不運な転生令嬢は、恩返ししたいのに家族が溺愛しすぎて周囲がざわつく!?』
作者マイページ から飛んでいただいて暇なときにでも一読お願いします。