「紅葉の谷と、迷子の精霊 第二話 ~黄金の葉と秋風の迷い路~」
ミーナが拾った金色の精霊は、グランフィード家にひとときの静けさと、少しの不思議をもたらしていた。
朝露に光るその姿は、まるで秋の陽だまりのように優しく、ミーナの腕の中で眠っては、たまにきらりと揺れる。
その日も、ミーナは猫たちと一緒に精霊を連れて、畑の奥にある小さな丘へと向かっていた。
「ふふふーん♪ きょうはね、この子に“きらきらの葉っぱ”を見せてあげるのです」
猫たちはミーナの後ろをぞろぞろとついてくる。しろが先頭で、他の猫たちが列をなして歩く様子は、まるで小さな行列だ。
そのころ、家ではルークがレイナからひとつの頼みを受けていた。
「ミーナを……精霊の“帰り道”へ導いてあげて。あの子にしかできないのよ。けれど、きっとひとりでは不安な時が来る」
「……つまり、俺も付き添いってことですね」
ルークはため息をつきながらも、ちゃんと準備を始めていた。背負い袋に干し果物と水筒を詰め、魔物よけの道具も揃えた。
──これは、ちょっとした「冒険」の始まりなのかもしれない。
◆秋風の迷い路
午後、ルークが合流すると、ミーナは嬉しそうに手を振った。
「にぃにぃっ! おそいのです!」
「……ちゃんと準備してたんだよ。お前、また何も持ってきてないだろ」
「にゃあー!」
しろが代わりに抗議するように鳴いた。どうやら猫たちは各々、魚の干物や布切れなど、意味のあるようなないような「準備」をしていたらしい。
そのまま一行は、紅葉の谷の奥へと進んだ。
前回訪れた場所よりさらに奥へ。落ち葉の積もる小径を抜け、風が鳴る岩場を超え、とうとう見慣れぬ林へと足を踏み入れた。
「……ここ、来たことないのです」
「なんだろうな……空気が少し違う」
その時、ふわりと風が吹いた。精霊が光を放ち、ミーナの胸元から空中へと浮かび上がる。
そして、まっすぐに森の奥を指し示すように、金の光を一筋に伸ばした。
「行けって、言ってる?」
ルークがそう呟いた時──足元の落ち葉がさわさわと動き始めた。
「動いた!? ミーナ、下がれ!」
「うわぁっ!」
次の瞬間、落ち葉が巻き上がり、そこに現れたのは一匹の小さな森の魔物──
だが、それは攻撃的な存在ではなかった。
丸くて、ふさふさで、どこか眠そうな目をしている。
「……きゃわ……」
ミーナが言った。
「え?」
「きゃわ!! ふさふさ、ほわほわ、きゃわー!!」
精霊がその魔物の頭上で光を灯し、どうやら案内役を引き受けてくれたらしい。
◆森の中の回廊
ふさふさ魔物と精霊の導きで、一行は谷のさらに奥へと向かう。
途中、小さな石碑が並ぶ道を通り、苔むした橋を渡る。
猫たちは途中でふざけて転げ回ったり、しろが橋から落ちそうになってミーナが大慌てしたりと、相変わらずだった。
「にぃにぃ、ここ……なにか書いてあるのです」
古びた碑文をルークが読む。
「……“秋風の回廊。優しき者のみ、この先へ導かれる”……って感じだな」
精霊が再び光を灯し、その言葉を祝福するかのように風が吹く。
谷の終わりに近づくにつれ、木々はますます金色に染まり、風は澄み渡っていた。
そして──彼らは、一つの「門」に辿り着いた。
◆精霊の門と、迷いの声
そこには、自然の枝や蔦で編まれた巨大な門があった。
門には、精霊語と思しき紋様が刻まれ、静かに佇んでいる。
ミーナが近づこうとした瞬間──門の前に、淡く光る何かが立ちふさがった。
それは……別の精霊だった。だが、どこか様子が違う。
『なぜ、ここへ来たの?』
その声は冷たく、静かだった。
『この門は、迷いを持つ者を拒む。あなたは何を望んでいるの?』
ミーナは黙って、自分の胸に手をあてる。
少し考えてから──
「この子を、おうちにかえしたいのです」
『……それは、あなたのため? それとも、この子のため?』
問いは続く。
ルークが不安げにミーナを見るが、彼女は一歩も引かずに答えた。
「どっちもなのです。さみしいのも、こわいのも、どっちも知ってるのです。だから──どっちも笑ってほしいのです」
その瞬間、門がふわりと風に溶けるように開いた。
光の道が、奥へと伸びていく。
『……通りなさい。優しき心が、未来を結ぶ』
精霊の声は、どこか寂しげに消えた。
ミーナはルークと猫たちを振り返り、にっこりと笑う。
「いくのですっ!」
──黄金の葉が、風とともに舞い上がる中。
一行は、光の門の向こうへと歩み出した。
(つづく)