「紅葉の谷と、迷子の精霊 ~金色の羽と秋の気配~」
秋の風が、グランフィード家の畑をやさしく撫でていった。夏の喧騒が去り、畑には実りの秋が訪れている。ルークは収穫の予定表を手に、熟したカボチャやサツマイモを前に眉をひそめていた。
「うーん……今年はちょっと早いな。保管庫の準備も急がないと……」
そんな兄の真剣な表情とは裏腹に、妹のミーナは猫たちと一緒に落ち葉を追いかけてはしゃいでいた。赤や橙、金色に染まった葉が、風に乗ってひらひらと舞う。
「見てなのですっ、しろっ! 金色の羽なのです!」
しろと名付けられた猫が「にゃぁ」と鳴いてミーナの肩に飛び乗る。彼女は笑いながら、くるくると回って落ち葉の雨の中を駆け回った。
ルークはそんなミーナの姿を目に留め、ふと目を細める。
「……秋だなぁ」
思えば、ミーナが物心つく前からこの村に移り住み、静かな日々を過ごしてきた。
だが、この秋──ほんの小さな出会いが、彼らの平凡な生活に波紋を起こすことになる。
◆谷への誘い
ある日の昼下がり。いつものようにミーナが畑で猫たちと遊んでいると、ふと風が変わった。
落ち葉の合間に、見慣れないものが混じっている。
──それは、金色に光る、小さな羽だった。
「……ふぇ? 羽なのです?」
手に取ってみると、ふわりと浮かんで、風に乗って西の谷へと飛んでいった。
ミーナはその後を追うように走り出した。しろと他の猫たちも一緒だ。
ルークが畑からそれに気づいたのは、数分後だった。
「また変なモン拾って……って、おい!? 谷の方はダメだって、魔物が……!」
慌てて収穫籠を放り出し、ルークはミーナのあとを追いかけた。
◆金色の落ち葉の谷
谷の入り口に差し掛かると、そこはもう村の風景とはまるで違っていた。
木々は鮮やかな金色の葉を纏い、どこか幻想的な気配が漂っている。
まるで時間がゆっくり流れているかのような、不思議な静けさ。
谷の奥では、ミーナがしゃがみこんで何かを覗き込んでいた。
「にぃにぃ、見てなのですっ! この子、光ってるのですっ!」
彼女の小さな手の中にいたのは、透き通るような羽を持った、まるで宝石でできたかのような小さな精霊だった。
「……生きてるのか?」
「うん。……だけど、さむいって。ひとりぼっちだったのです」
精霊は小さく光を瞬かせて、ミーナの手のひらにぴたりと寄り添った。
その様子に、ルークは思わず息をのんだ。
「……ミーナ。いまは、そいつを連れて帰るぞ。ちゃんと話を聞いて、それから……考えよう」
ミーナはこくんと頷いて、そっと精霊を抱きしめた。
◆レイナの言葉
グランフィード家の母、レイナはその夜、精霊の存在に気づいていた。
静かにミーナの膝の上で眠る光の粒に、彼女は目を細めた。
「この子、森の奥で迷った精霊……ね。昔、似た話を聞いたことがあるわ」
ルークが眉を寄せる。
「魔物の領域じゃないんですか? 谷の奥って……」
「精霊たちが去ってしまった“秋の谷”……あそこは、“森の扉”のひとつなの。今でも時折、迷った精霊が戻れなくなるって」
「戻れない……なら、どうしたら」
「元の場所に返してあげるには、心のつながりが必要なの。けれど、導くには……」
レイナはそっと、ミーナを見た。
「精霊と心を重ねられる“優しい誰か”が必要になるのよ」
その夜、ミーナは精霊を胸に抱いて、ぐっすりと眠った。
夢の中、金色の葉が風に乗ってくるくると舞っていた。
──まるで、「また来て」とささやくように。
(つづく)