「精霊玉割り ~夜の灯りとミーナと猫の不思議な冒険~」
夏祭りの翌日、村はいつもの静けさを取り戻していた。だが、ミーナの心はまだお祭り気分のままだ。
「にぃにぃ、昨日の玉割り、もっとしたいのですっ!」
「精霊玉割りな。あれは祭りの日にしかできない特別なものなんだぞ」
「むむむ……でも、ミーナは精霊さんともっとお話したいのですっ」
実は昨夜の精霊玉割り、ただの遊びでは終わらなかった。
小さな竹矢を放ち、透明な玉に当てた瞬間、ぱあっと光が広がり、その中から現れたのは──
「小さな、光の精霊さん、だったのですっ!」
ミーナの手のひらの上に舞い降りた光の粒。それは確かに、微かに形を持ち、頬に触れる風のような、声のような、何か優しい気配を感じさせた。
猫たちも、その時ばかりはじっと静かに光を見つめていた。
ルークは最初、きっと花火の余韻か何かだろうと笑っていたが、夜が明けても、ミーナの手の甲に微かに光の痕が残っていたことで、その笑いは止まった。
「……まさか、本当に精霊と……?」
村の古い言い伝えによれば、年に一度、祭りの夜に現れる“精霊玉”の中には、ごく稀に本物の精霊が宿るものがあるという。
それは“心のきれいな子供”にしか見えず、もしその精霊に気に入られれば、ひとときだけ、精霊の世界へと招かれるのだと。
その夜。
眠りについたミーナと猫たちは、不思議な夢を見た。
──いや、それは夢とは少し違っていたかもしれない。
月明かりが注ぐ草原。
静かに光る玉がいくつも空中に浮かび、花のように開いては、精霊たちの姿を現していた。
「わぁ……! 精霊さんたち……!」
ミーナは猫たちの背に乗りながら、ふわりふわりと浮かぶようにその世界を歩く。
風の精霊がミーナの髪をくすぐり、光の精霊が花の形を作って手渡してくれる。
「これ、にぃにぃにあげるのです……えへへ」
猫たちもその世界ではすっかり“お行儀の良い猫”となり、精霊の案内に従って跳ね回りながらも、ミーナを守るようにぴたりと寄り添っていた。
やがて、ひときわ大きな玉の前にたどり着いた。
そこには、凛とした女性の姿をした精霊が佇んでいた。
「あなたが……ミーナ、なのね」
声はまるで風鈴のように澄んでいて、耳に優しく響いた。
精霊は穏やかに微笑み、静かに語りかける。
「ミーナ、わたしはあなたの“心”に興味があるの。どうしてそんなに優しくいられるのかしら?」
「ミーナは……みんなが好きだから、ですっ!」
猫たちが「にゃーっ」と誇らしげに鳴いた。
女性の精霊は微笑むと、手をすっと差し出した。
「では、ほんの少しだけ、精霊の“記憶”をあなたに預けましょう」
その手がミーナの額に触れた瞬間、淡い光が舞い、世界が反転するように──
──そして、朝が来た。
ミーナは目を覚ました。枕元には、昨日の精霊玉のかけら──淡く光る破片がひとつ。
猫たちも目を覚まし、そっとその破片に鼻を近づける。
「……やっぱり、夢じゃなかったのですっ」
ミーナは嬉しそうに、宝物のようにそのかけらを箱にしまった。
その日から、ミーナは時折、風の声や、光の揺れに、ふっと返事をするようになった。
「えへへ、今のはね、精霊さんが“おはよう”って言ってたのですっ」
ルークは驚きつつも、ミーナの笑顔を見て何も言わなかった。
──精霊玉割り。
それは、ただの遊びではなかったのかもしれない。
今日も、畑の中で元気に笑うミーナのもとへ、風がふわりと優しく吹き抜けていった。