「冷やし案山子はじめました ~ミーナと猫と夏と氷~」
夏の陽射しが畑をじりじりと焼き焦がしていた。
セミの声がこれでもかというほどの大合唱を始め、空気すらも溶けてしまいそうな暑さの中、村の人々は汗を拭いながら、早朝のうちに作業を済ませようと右往左往していた。
そんな中、一人──いや、一人と三匹──元気いっぱいに畑の真ん中で跳ね回る姿があった。
「ミーナ特製! 冷やし案山子! はじめましたーっ!」
「にゃーっ!」
「にゃにゃーっ!」
「にゃおぉーっ!」
元気な声と猫たちの合いの手が、まるで屋台の売り声のように畑中に響き渡る。
ルークは額の汗をぬぐいながら、遠くからその様子を見ていた。
「……あいつ、また何か始めたな……」
案山子。畑に立てて作物を守る、田舎の風物詩。
それを、なぜ冷やすのか──いや、そもそも冷やすとは何なのか。
だが、ミーナにとってはその疑問こそが愚問だった。
「にぃにぃの畑を守る案山子さんが、熱中症で倒れたらどうするのですかっ!」
「倒れ……いや、そもそも動かないだろ案山子は」
「にゃー(うんうん)」
言い切るミーナの目は真剣そのもの。猫たちもその言葉にうなずいている(ような気がする)。
そして、立ち並ぶ案山子たち──赤いマフラーに麦わら帽子をかぶせられ、氷嚢らしきものを頭に載せられている。
その足元には、川の水を汲んできたらしい木桶がいくつも並べられており、風が吹くたびに水音と氷の音が涼しげに響く。
「にぃにぃ、ミーナは思ったのです。涼しい案山子さんが立っていたら、畑のお野菜たちも涼しくて嬉しいのです!」
「……案山子じゃなくて、野菜を冷やす方法考えた方が……」
「えっ? にぃにぃ、今とっても冷たい発想をしましたね?」
「ちがう意味でな……」
猫たちは桶の周りでぴちゃぴちゃと水遊びを始め、ひときわ賑やかになっていく。
ミーナは小さなスコップを手に、案山子の足元に霧吹きで水を撒いていた。
通りかかった村のおばあちゃんが、その様子を目を細めて見つめていた。
「あの子はほんとに、畑の天使だねぇ……」
ルークは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「まぁ……元気があるのは、いいことですけどね」
「うふふ、あの子のやることは、なんだか不思議とみんなも真似したくなるね」
──その言葉は、ただの冗談ではなかった。
翌日、隣の畑のマルクおじさんが、木製のミニバケツに氷を浮かべて案山子の足元に置き始めた。
さらにその翌日には、村の子どもたちが『冷やし案山子コンテスト』と書かれた看板を立て、手製の氷旗(※氷屋さんにあるアレ)を飾り始めたのだった。
「ちょ、ちょっと待て!? なんでこんなことに!?」
完全に出遅れたルークが声を上げたときには、
畑のあちこちに、麦茶をぶら下げられた案山子や、日傘を差された案山子が立っていた。
──そうして、村は一瞬だけ、謎の“涼風ムーブメント”に包まれた。
「ふふふ、ミーナが発明したのです!」
ミーナは胸を張る。
猫たちも、桶の中で涼しげに体を伸ばしながら、にゃ~んと一声。
そこへ、ひときわ大きな荷車を引いて、ギャリソンが姿を現した。
「やあ、ルーク君。暑い中、大盛況だね」
「ギャリソンさん!? まさか、また何か……」
「ふふ、噂を聞いてね。王都から“ひんやりグッズ”をいくつか運んできたんだよ」
荷車には、風鈴や涼感魔道石、霧吹き装置、果ては手持ち風車まで揃っていた。
ミーナの目が輝く。
「ギャリソンさん、すごいのですっ! この案山子さんたち、もっともっと涼しくなるのですっ!」
「うむ、やる気だな。では、この“涼風発生結晶”から使ってみるといい」
猫たちもわらわらと荷車の周りに集まり、涼感グッズを咥えては案山子の足元に運んでいく。
「にゃっ!」「にゃにゃっ!」「にゃーーっ!」
そしてその日の午後には、村の案山子たちはどれもこれも、まるで高級旅館の夏仕様のように涼しげな装いとなっていた。
氷の旗がひらめき、風鈴の音が鳴り、猫が桶で寝転ぶその横で、麦茶を吊るされた案山子が優雅にたたずむ。
ルークはもはや、なにも言えなかった。
「……もう好きにしてくれ……」
──夏は、まだ始まったばかりである。