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「王都からの野菜買い付け使者の訪問」

 ギンギンギラギラの太陽が、空の真ん中で主張している。

 春のやさしさなどすっかり遠い記憶になり、蝉がけたたましく鳴く季節となった。


 それでも、畑には活気が満ちていた。


「ミニとまとっ、みーつけたぁ~っ!」


 麦わら帽子を揺らして、小さな少女が畝の間を飛び跳ねる。

 夏の暑さなんて、ミーナ・グランフィードには関係なかった。

 トマトの赤と、ミーナの頬の紅が、どちらもつやつやと輝いている。


 


「ミーナー! 帽子かぶったまま水やるなー!」


「えへへっ、大丈夫です~♪ 帽子にもお水あげるのですっ!」


「……そういうもんじゃないんだけどな……」


 ルークは腰に手をあてて嘆息する。


 あまりに元気すぎる妹の様子に、ふと隣の猫たちを見る。


「……というわけで、今日はお前たちに“監視”を頼む。いいな?」


「にゃ?」「にゃにゃっ」「……にゃあ(←暑い)」


「ちゃんと見張ってろよ。勝手に川に飛び込んだり、木の上で昼寝したり、とくに案山子飛ばしたりするんじゃねぇぞ……」


 猫たちはそれぞれ不満げにしっぽをふるが、ミーナが笑顔で近づくと、ぴたっと大人しくなる。


「ねぇねぇ、今日は何を作るの~? にぃにぃ~♪」


「今日はキュウリの第二回収と、ナスの仕分け。それから父さんと保存分の相談だな」


「了解っ! ミーナは働き者なのですっ!」


「……よし、それなら頼むぞ、働き者」


 小さな背中に、猫たち三匹がぞろぞろとついていく。

 その様子はまるで、小さな女王様と護衛騎士団のようだった。


 


 さて、畑の野菜は今年も見事なできばえだった。


 トマト、ナス、ピーマン、ズッキーニ、カボチャ、どれも艶やかで力強い。

 ルークが畝に軽く「手を入れた」ところは、特に葉色が濃く、果実は糖度が異常なほど高かった。


 もちろん本人は、その秘密の“魔力の流れ”にまだ半信半疑だったが──


 


「ルーク。お前のナス、切って干してもまったく萎れねぇな」


「だろ? あれ、不思議なんだよな……」


 アベルは日陰で濡れタオルを首にかけ、キュウリをポリポリかじっている。


「保存分、例年より倍でもいいかもな。干し野菜にして城下町に出すのもアリだ」


「干しナスのカレー煮、王都で人気らしいですからね。王都……」


 ──王都。


 その言葉が出た瞬間だった。


「にぃにぃーっ! なんか、えらい人たちがきたのですー!!」


 ミーナの叫び声が畑に響いた。


「えらい人たち……? また村の役人か?」


 その時、遠くから馬のひづめの音。


 陽炎の向こうに、きらびやかな装飾をつけた馬車が見えた。


 


 ──王都、野菜買い付け使者、到来。


 


「……なんでまた、こんな暑い中に……」


 ルークが帽子を深くかぶり直した頃、ミーナと猫たちはもう玄関前に整列していた。


「ミーナ、出迎えの儀式するのですっ!」


「にゃっ!」「にゃー!」「にゃぅ(←半分寝てる)」


 使者の一団が降り立つと、その中央にいたのは若く派手な身なりの青年。


「おや、ここが噂の“魔法の畑”か……なるほど、空気が違うな」


 いかにも“王都育ちのテンプレ”という感じで、髪をかきあげる。


「失礼、私は王都第一買付部の補佐官、アウレリオ・カスターニャ。ルーク・グランフィード殿ですか?」


「……あ、はい、えーと……なんか、どうも」


「さっそくだが、今年の夏野菜──特に保存分のサンプルをいただけますか?」


 なんか調子がいいやつだな、と内心思いつつ、ルークはうなずく。


「少し待ってください。今、奥で干し上がったナスがあるんで──」


「ナス? いいですね。王都の貴婦人たちは、グランフィード家の干しナスしか食べないとまで……」


「……いつの間にそんな評判になってんだよ」


 


 そのころ、ミーナと猫たちはというと。


「クロはナス運び! モモはキュウリです! シロは……お昼寝禁止なのですっ!」


「にゃあ!?」「にゃー!」「……にゃぅ……(←暑さに弱い)」


 わちゃわちゃと野菜を運ぶ様子を、使者の従者たちが遠巻きに見つめている。


「な、なんですかあれ……」


「猫が……野菜を運んでいる……」


 誰かがぽつりと、「ここの畑、何か……おかしい」と言った。


 


 ようやく並べられた試食用の干し野菜に、アウレリオが箸をつけた。


「……うむ、うむ。これは……!!」


 誇張でなく目を見開き、ひとくち、またひとくちと食べる。


「なんという甘み……しかもコクがある……これは……おいしいを通り越して……“感動”だっ!!」


「なんで感動までいってんだよ」


「グランフィード殿! これはぜひ、来年以降も継続してご提供いただけますか!? 買取価格は……こちら!」


 金貨がずしりと入った袋が差し出される。


「お、おいおい……そんな即決で……父さぁぁぁん!」


「……受けとけ、息子。ま、悪い話じゃねぇ」


 


 そのあとも一行は、トマトの糖度測定、キュウリの食感比較、ピーマンの苦味バランスなど、なんだか勝手に測定と試食を始め、気づけば一時間以上が経っていた。


 ミーナはその間、ずっと案内係としてちょこちょこ動き回っていた。


「こちらが、うちのナスさん畑なのですっ!」


「これは、とまとさんです! さわるとぷにぷにして気持ちいいのです~!」


 猫たちも案内役として(?)ついて回っていたが、途中でトマトの箱にダイブしたり、荷車に乗って勝手に動き出したりして、ルークが三回ほど頭を抱える羽目になった。


「……おい、クロ、今それ荷台ごと進んでるってば……!」


「にゃーーー!!(←叫びながら急カーブ)」 


「やめろぉぉぉ!! 野菜潰れるぅぅぅ!!!」


 


 そんなこんなで、王都使者一行は大満足のうちに帰っていった。


 アウレリオは最後に、ミーナに金のリボンをそっと渡して言った。


「この村の未来は、あなたのような子が守っていくのですね」


「??? ミーナ、おてつだいしただけなのですっ!」


 にっこり笑うミーナに、ルークは思わず呟いた。


「……いやほんと、お前がいちばんすごいよ」


 


 ──こうして、王都との野菜契約は見事に成立し、


 村はまた少し、にぎやかになっていくのだった。


 そして夕暮れ。


「にぃにぃ~、ミーナは今日、お客さんとってもがんばったのですっ!」


「うんうん、頑張ったな。すっごく可愛かったぞ」


「えへへへ~っ! にぃにぃ、明日はスイカ割りしたいのですっ!」


「……おう、ほどほどにな」


 猫たちは木陰で大の字になっていた。


「にゃぁ~……(←つかれた)」


 


 夏はまだ、はじまったばかりだった。

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