「飛べ! 案山子レース大会 ~ミーナと空と猫たちと~」
春の陽気はすっかり定着し、畑の土も暖かくなってきたある日。
空は青く澄み、ぽかぽかとした風がふわりふわりと大地を撫でている。
ルークはいつものように畑の区画に苗を植え、ミーナは猫たちと一緒に、にゃーにゃー言いながら案山子に帽子をかぶせていた。
あの日、案山子さんが空へ飛び去ってからというもの──
「にぃにぃ! この子は飛行二号さんです! 改良型なのです!」
ミーナは次々と案山子を作り、改良しては、風の強い日を狙って空へと飛ばしていた。
「なんで二号も三号も、空を飛ばす前提なんだよ……案山子ってそういうもんじゃないからな?」
「にぃにぃ、風に乗るためには、“おてて”の角度が大事なのですよ!」
ミーナは自信満々で、猫たちが運んでくる布切れや棒を使い、畑の一角に秘密の案山子工房を築いていた。
──それが、すべての始まりだった。
事の発端は、近所の爺さまが言った一言。
「……飛んだっちゅうんじゃて? ほんに案山子が飛んだんか?」
それを聞いた村人たちは、口々にこう言い出したのだった。
「……ワシらもやってみようかの」
「ほれ、うちの息子も案山子飛ばしたがっておってな!」
「どうせ作るなら、今年は“飛ぶやつ”が流行りじゃ!」
──案山子、飛行文化へ突入。
「いや、なんで!? なんで村中で案山子飛ばそうとしてんの!? 誰か止めろよ!」
ルークは頭を抱えたが、時すでに遅し。
数日後には村の広場に**「第一回・案山子レース大会」**の看板が立ち、子どもから大人まで、総動員で案山子を作り始めていた。
しかも、ただ飛ばすだけではなく、距離・美しさ・着地の優雅さを競うルールまで設定され、村の有志が審査員を買って出る始末。
「にぃにぃ~、これがミーナの“エンジェル型案山子”です~!」
ミーナの案山子は、白い布で羽を模し、帽子の先には鈴が付いていて、飛ぶとチリンチリン鳴る仕様だった。
猫たちも参加する気満々で、なぜか“猫乗り案山子”や、“四本脚で走る案山子”なども出場登録されていた。
──ルーク、もうダメだ。
そして、案山子レース大会当日。
村の広場は、色とりどりの布や木材、麦わらで溢れかえり、まるでお祭りのようなにぎわいに。
「にゃっ!」「にゃにゃーっ!」「にゃははっ!」
猫たちは準備に大忙し。
ミーナは純白のワンピースに、花飾りの帽子。とっておきの案山子“エンジェル三号”を抱えていた。
「にぃにぃ、今日は、空まで届くのですっ!」
「届いたら帰ってこないだろ!?」
「大丈夫! 風さんにお願いしたから、きっと帰ってきます~♪」
「そういう問題じゃねぇ!」
レースは午前十時からスタート。
風向き良好。日差しも穏やか。
ルークは開会の鐘の音を聞きながら、もう何も考えたくない顔で地面を見つめていた。
「……好きにしてくれ……もう俺は……知らん……」
第一走者(?)は、鍛冶屋のガイルさん作、“鉄製案山子・空神号”。
──重量で即墜落。
第二走者は、子どもたちのグループが作った“うさぎ型案山子”。
──くるくる回りながら優雅に滑空、観客から拍手喝采。
そして、満を持してミーナの出番。
「にぃにぃ! 行ってきますっ!」
「いや、お前が行くわけじゃないだろ……」
ミーナは案山子を高く掲げて、風に乗せて空へと送り出す。
チリンチリンチリン……!
白い羽が太陽の光に反射して、案山子は空へ舞い上がっていった。
「わぁぁぁぁ~っ! 飛んでるのです~! ほら、見てにぃにぃっ!」
「うわ……マジで飛んでる……!」
案山子はぐんぐん上昇し、鳥たちの群れをよけながら旋回して、ゆるやかに森のほうへと滑空していった。
その姿に、会場から歓声がわき起こる。
「さすがミーナちゃん!」「エンジェル案山子すげぇ!」「どこまで飛ぶんだあれ……」
ミーナは満足げに、胸を張った。
ところが──
「にゃっ!?」「にゃあ!?」「にゃはーーーっ!!」
猫たちが、なにやらごそごそし始める。
モモが縄を引き、クロが板を蹴って、シロがうっかりスイッチを押した──
ドゴン!!!!
「えええっ!? なに今の音!?」
飛び出したのは、“猫搭乗型案山子・Mk.にゃん”──
爆発的な推進力で吹き飛び、空を舞いながらあらぬ方向へすっ飛んでいく。
「にゃーーーーっ!!(←モモ、搭乗中)」
「ちょ、ちょっと待って!? あれ本当に飛んでったぞ!?」
ルークは真っ青になって走り出す。
「止めろ! 今すぐ誰か止めろ!! あれはレースじゃねぇ、飛翔事故だーーっ!!」
──そのときだった。
「やかましいわね……ここ、何の騒ぎ?」
とつぜん、上品な声がした。
振り返れば、馬車の前に立っていたのは、銀髪に凛とした瞳をもつ少女──
セレナ・フォン・レーヴェンクロイツ嬢、その人だった。
「……え、セレナ……お前、なんでここに……」
「王都から届け物ついでに立ち寄っただけよ。で、何これ? 畑の上、案山子だらけなんだけど?」
「いや、その、ちょっとした、風のいたずらというか……村人総出の祭りというか……」
セレナはきょろきょろと辺りを見回し、白い案山子、鉄の案山子、猫が搭乗してたっぽい案山子──すべてを一瞥。
「……なるほどね。で、あなたはこれをどう思ってるの?」
ルークは、目を泳がせながら一言。
「……もう……好きにしてくれぇぇぇ……」
──その後、セレナは案山子レースの表彰式を仕切り、
ミーナの“エンジェル三号”が優勝を勝ち取り、
猫たちは反省会(おやつ付き)に突入し、
ルークは日暮れまで畑の片付けに追われることとなった。
こうして、第一回案山子レース大会は、村の春の名物として語り継がれることとなった。
……ちなみにミーナは、すでに“エンジェル四号”の設計図を描いているらしい。
「にぃにぃ! 次は空を超えて、星まで飛ばすのですっ!」
「ちょ、やめろっ! 星はやめとけーー!!」
今日も村は、にぎやかで、やさしくて、ちょっとだけおかしい。
ミーナは笑顔。猫たちは全力。ルークは頭を抱え──
春の空の下、にぎやかな一日がまた過ぎていった。