4話
あまり筆が進まずこんな文字数になってしまいました。
お詫びと言っても何ですが、末尾にハバキのビジュアルを添付しました。
「ほぉ、そいつは災難でしたな。しかしまさかあの兄妹が山賊になっていたとは」
朝を待って街へと戻った俺は、早速依頼の報酬を受け取るためパブロの農場にお邪魔していた。
「二人のことをご存知で?」
寝巻きを羽織ったまま、あくびを噛み殺してパブロは茶を勧めてくる。農場働きは朝が早いはずなのだが、経営側に回るとこうも悠々自適な生活が送れるのだろうか。
「前まではよく害獣駆除やら雑務関係の依頼を受けてくれてたんだけどね。最近は山賊関連の人災ばかりだから」
ギルドの規則として、特殊な状況を除いて人間に危害を加える類の依頼の掲載は許されていない。
勿論これは人道的な理由ではなく、衛兵の仕事を奪うなという国からの要請を汲んだ結果なのだが。
「先日はその……ご迷惑をお掛けしました」
報酬を乗せたトレイを卓上に残し、ノラはそそくさと応接間から退出する。どうやらパブロの温情で、農場に残ることは許されたらしい。
「ささ、どうぞご遠慮なく」
約束通りの金貨を懐に仕舞い込み、出発時に受け取った亀甲の札を返却する。
「確かに受け取りました。またのご依頼をお待ちしています」
立ちあがった振り返ると、出口の扉を大女が仁王立ちで塞いでいた。
「ところで、その二人はちゃんと片付けてくれたのかね」
昨晩ウルに見せたところ、俺が渡された札の血印には、デリアンの言葉で決闘を申し込む文言が記されていたことが判明した。
人探しにしては報酬がやけに高かったのは、あわよくば山賊退治も同時にこなして欲しかったからだろう。
「ええ。もう2度と山賊の真似事はできないでしょう。ご安心を」
「殺さなかったのか、アマちゃんめ」
単に呆れと怒りを表すシエラとは違い、パブロの声はあくまでも冷静だった。
「それを断言できるほどの保証は?」
「妹にしたことを母にもする。そう言っただけです」
それと兄の方は顔が変形するくらい殴った。ってのは言わないでおこう。《ペイン》による拷問は凄惨だがまるでストレス解消にならない。効かないと分かっていてもたまには、手を動かしたくなるものだ。
「……」
表情は変わっていないが、シエラの顔色は明らかに変わっていた。
昨日から遠巻きから見られている感覚はあったのだが、なるほどこいつに付けられていたわけか。
「『叫喚束ねし指揮者』の責めを……か。確かにコールの坊っちゃんには耐え難い話だ」
やはり、調べられていたらしい。
「旦那……やり方は胸糞悪くて仕方ねぇが、ここはひとつハバキに任せてみないか?ノラ達の一件を見てきたから分かる、こいつ頭も結構キレるんだ」
『拷問官』だった頃、俺はあまりにも多くの敵を作った。
解任の際、経歴を消し、名を改めた。
しかし『拷問官』という呪縛から逃れる術は、はやりなかったみたいだ。
(こいつらから情報源を聞き出すか)
無理だろう。そもそもシエラが相手では多分、逆立ちをしても勝てない。さらに、あだ名に辿り着いているなら奥の手までバレている可能性がある。
ならば、致し方なし。
「……内容を話してくれ、依頼は引き受ける。どうせギルドで掲載できない類のものだろう」
ちょうど、この何もない街には飽き飽きしていたところだ。もうひと稼ぎしたら、国を出よう。
仕事に縛られていた頃に夢見た、行き先も時間制限もない自由な旅。それを止める者は、もう誰もいないのだ。
「理解が早くて助かるよ。単刀直入に言おう。『裏ギルド』に出入りする者の中で山賊に情報を流してる者がいる。手段は問わない、そいつを見つけ出し排除して欲しい」
裏ギルドとは、様々な理由で通常ギルドでは引き受けられない依頼を処理するための、非公認組合である。
その入会は完全な紹介制で、少数精鋭を保つことで依頼の成功率を高めている。
「金貨30枚だ。払えないなら他を当たれ」
待ってましたと言わんばかりに、パブロが懐から何かを取り出す。直後机に恭しく安置されたそれは、金色に耀く金属の塊であった。
「金貨40枚相当の黄金を精錬して作った延べ棒だ、これを成功報酬とする。よろしく頼んだぞ」
「それと、今後もし聞かれても『マエストロ』なんて奴はここには居なかった。いいな?」
不思議そうに毛量の少ない頭を掻き、パブロは困惑の表情を浮かべる。
「君は一体何の話をしているんだい?ハズレ天賦の冒険者さん」
「それで良い」
パブロの横で腕を組んでいるシエラは、いまだに俺に対する警戒は解いていない。
「さて、依頼の話をしよう。まずは依頼に至った経緯を……」
依頼人夫婦から一通り情報を手に入れ、俺は農場を後にした。
途中、内通者の情報から何故か二人の馴れ初めに話が変わり、小一時間惚気を聞かされることになったが、報酬の延べ棒を眺めていれば苦にはならなかった。
*
消耗品を補充するため、街に戻った俺は商店通りへと向うことにした。その道中、見覚えのある少女を晒し台で見かけた。
「吊るせ〜」
「さっさと殺しちまえ!」
これから自分の命を奪うロープの輪に首を通す時、ユミはうっすらと笑みを浮かべていた。終わりを受け入れた者が浮かべる、諦めと安らぎが混在した、虚しい笑顔だ。
「暴れろよクソがキ」
「つまんねぇぞ!悟りでも開いたツラしやがって」
公開処刑は、犯罪への抑止力であると同時に民衆の娯楽としても機能していた。本当に娯楽のない所では、人が死ぬというだけで酒の肴になるらしい。
「窃盗、殺人の嫌疑で、浮浪者ユミを絞首に処す」
ーー パタン グッ ーー
全く感情が介在しない執行の言葉と共に、衛兵がユミが立つ椅子を蹴り飛ばす。
落差が足りなかったのか、それとも自重で首が折れないほどに痩せ細っていたのか。妹殺しの罪人は即座には死ねなかった。
下卑たヤジに晒されながらも、苦悶に満ちた表情で縛られた手足をばたつかせている少女の姿に、観衆は盛り上がっていた。
「心では折り合いをつけても、体は生にしがみつくものだな」
飛び交うヤジに紛れた誰かの声に賛同しながら、俺は少し嫌な気持ちになりながらもその場を離れた。