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魔動戦機ガイア  作者: ZIX
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第一話 少年

 ギルラゼア帝国首都、帝都ヴェノール。その中央広場に立てられた布告板の前に、二人の男がいた。

「今年も魔動騎士試験、やるみてェだな」

「もう年明けの風物詩だなぁ。まぁ、このご時世じゃ何人いたって足りんだろ」

「違いねェ。一昨年はガレンス、去年にはユーディックも・・・難民も増える一方だしな」

「どうにか巻き返してもらわんと・・・しまいにはこの帝都までやばくなっちまう」

と、二人の脇をすり抜けて、少年が一人、布告板の前に進み出た。買い物帰りなのだろう、左腕には食材の入った籠を抱えている。彼は、布告板の下に積んであった紙束から一枚を抜き取ると、踵を返した。

「おっ!兄さん!受けるのかい?頑張れよ!」

先ほどの男の一人からかけられた声に、微笑みながら軽い会釈を返すと、少年は足早に広場から出て、軽い足取りで家路についた。その目には、強い意志が感じられる。

(やっと・・・やっと試験を受けられる!魔動騎士になれれば、義父さんの仇も取れるし、ハルシーザを取り戻すことだって・・・!)

 彼は、帝国暦180年のハルシーザで、「巨人」に助けられたあの少年であった。時に帝国暦185年1月。あの日から来月で5年、彼は18歳になっていた。


 ―――かつて、乱世を平定し、世界を統一した国家があった。「聖王国」と呼ばれたその国家は、圧倒的な力を持つ人型兵器「魔動戦機」を以て世界を制し、500年余りの命脈を保った。その間、魔動戦機は王国の地方支配の裏付けとなる「力」として全世界に拡散し、最強の兵器でありながら、同時に世界のどこにでもある、普遍的な存在ともなった。

 聖王国が滅び、行政単位であった「郡」が基盤となって小国が乱立し始めると、世界は再び、現在まで300年以上続く、戦乱の時代に入った。無数の国が、興り、滅び、離合集散を繰り返す時代の中で、この国、ギルラゼア帝国も誕生した。母体となった「リヴィル王国」における軍事クーデターの結果、クーデターの首班であった軍司令官レオン=ファルズ=ギルラゼアが初代皇帝となって興したこの国は、旧リヴィル領の東半分を有し、皇帝を戴く軍部を中心とした帝政国家ながら、建国以来圧政とは無縁であった。

 一方、クーデターを起こされた側のリヴィル王国本体は、王族・貴族たちを中心に、近衛騎士長であったファーゼル=ヴァフォシアを指揮官としてクーデターを鎮圧しようとした。

 しかし、リヴィル領の東西を分かつように南北に走る、通称「大蛇の城壁」ニルドニース山脈に阻まれる形で互いの陣営とも雌雄を決するための大戦力を投入できず、戦局は膠着。その状況を責め、無理難題を押し付けてくるばかりの王族に業を煮やしたヴァフォシアは、ついに王族を弑逆し、王位を簒奪。リヴィル王国は滅亡し、旧リヴィル領の西半分を有する「ヴァフォース王国」が興った。

 一つの国を母体とした二つの勢力が、敵対した結果興った隣接する二つの国。両者の関係が良好なものとならなかったのは当然の流れであった。だが両国は、分裂と建国から180年に渡る歴史の中で、小規模な紛争は幾度か経験しながらも、全面的な衝突はその都度回避してきていた――――――5年前までは。


 5年前、帝国暦180年2月。明確な宣戦布告もなく、ヴァフォース軍によるギルラゼア領への侵攻が突如として開始される。ギルラゼア側から幾度となく試みられた停戦・講和の申し出はことごとく無視され、ヴァフォースは植民と並行しつつ帝国領内の街を次々と制圧していった。

 帝国暦185年1月の今日、ヴァフォース軍は帝都ヴェノールの北東300km、ユーディックの街を侵攻拠点にするまでに迫っていた。すでに帝国は北部全域、国土の30%を蚕食されており、建国以来初めて、存亡の危機と言える事態に陥っていた。


 少年は家へと帰り着くと、台所へ向かい、テーブルに買い物カゴを下ろしながら、奥で夕食の支度をしている中年の女に声をかけた。

「ただいま、義母さん。買い物行ってきたよ。お釣り、ここに置いとくから」

「おかえり、ご苦労さんだったね。もう少しで夕飯だよ」

と、テーブルを挟んで反対側の扉が開き、洗濯物を抱えた少女が入ってきた。

「あ、兄さん、おかえりなさい」

笑顔を浮かべながら、洗濯物を扉横のカゴへ入れた少女は、5年前のあの日、少年とともにハルシーザから救助された、サラと呼ばれていた少女であった。彼女は、少年が手にしている一枚の紙に目を留めると、一転して表情を固くした。

「兄さん・・・それって・・・」

サラの視線に気付いた少年は、微笑みとも苦笑いともつかない笑いを浮かべながら、頭を掻いた。

「うん・・・中央広場に今年も布告が出ててね。・・・受けることにするよ」

「受けるって・・・魔動騎士試験を!?そんな!兄さんまで戦いに出るなんて・・・」

悲鳴にも似たサラの声に、少年はやっぱりこうなったか、と今度はハッキリ苦笑いとわかる表情を見せる。

「心配性だなぁ、サラは。大丈夫だよ。第一、まだ合格と決まったわけでもないんだよ?」

「だって!もし合格したら・・・っ!」

サラは、なおも不安を抑えられないといった様子で、すがるような目を少年へ向けている。

 彼女、サラ=ジェルファンは、少年の幼馴染だった。ハルシーザの街で隣同士の家に育ち、物心ついた頃から、四歳年上の少年のことを兄のように慕っていた。5年前、彼女たちを救助したハルシーザ守備大隊長・ガトゥール=フェンザの家で共に暮らすことになってからは、実の兄妹同然となっていた。

 5年の月日は、彼女を、美少女と言って差し支えない容貌に育てていた。いまだ幼さの残る顔立ちながらも、少しだけ大人っぽさも垣間見える、14歳。ただ、ハルシーザでの地獄の記憶は、彼女が年相応の快活な少女へ育つことを許さなかった。あの日以来、生来控えめだった彼女の性格は輪をかけて内気になり、幼馴染である少年や、恩人であるガトゥール=フェンザ、そしてその妻クレア=フェンザ以外にはほとんど心を開かなくなった。また、これは当然とも言えるが、戦争に対して強い恐怖と嫌悪を示すようにもなっていた。そしてそれは、2年前に養父・ガトゥールが戦死してから、さらに拍車がかかっていた。

「おや、そういえば、お前ももう18になったんだったねぇ」

台所の奥から、ゆっくりとした声とともに、先程の中年の女、クレア=フェンザがテーブルの脇まで出てきた。彼女は、5年前にガトゥールが少年とサラを連れてきて以来、孤児となった二人の母代わりを努め、2年前に夫を亡くしてからも、帝国からの恩給で二人を養っていた。

「サラ。心配なのはわかるし、私だってそれは一緒だよ。でもね、こういう話についちゃ、この子が言いだしたら聞かないのは、お前だってわかってるだろ?」

「だけど・・・義母さん・・・」

「この子も、もう18なんだ。自分の生き方は、自分で決めさせてあげなきゃいけないよ。ま、それにさっき言ってた通り、受かるかどうかもまだわからないんだし」

静かに、しかしきっぱりと諭すようなクレアの言葉に、サラはまだ納得できない様子ながら、それ以上は口を開かなかった。それを見た少年は、サラの両肩に優しく手を置いて、頭一つ低い彼女の顔をのぞきこむようにして言った。

「サラ、約束するよ。受からなかったら、すっぱり戦いの道は諦めて、この街で仕事を探すからさ」

サラは、不服そうな表情のまま上目遣いで少年を見つめていたが、やがてひとつため息をつくと、きっと顔を上げて、

「約束だよ!」

と強く言い放ち、少年のそばを離れて洗濯かごを抱えると、奥の部屋へ消えた。

「やれやれだね・・・。でも、サラの気持ちだって解っておやりよ」

クレアはそういいながら、再び台所の奥へ入っていった。少年はその後姿を見送りながら小さく溜息をつき、部屋の隅の書き物机へ向かった。

「もちろん気持ちはわかってるけど・・・試しもしないで諦めるわけにはいかないよ・・・」

ひとりごちつつ、少年は広場で取ってきた紙にペンを走らせる。「魔動騎士候補生選抜試験 受験申込書」のタイトルの下には、少年の名前が書き込まれている。

―――ラグマ=ウォニス。それが彼の名であった。

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