語り合いの紅茶
「うん!いつもの綺麗な綾音ちゃんになりましたね。」
キッチンに戻るなり人の顔を見て綾女はとても満足げな表情をしていた。それは良かったですと言いながら再度昼食作りに取りかかった。簡単な物ですまそうと思い、喫茶店で作りなれているナポリタンとじゃがいもの冷製スープにした。昼時のランチメニューでもかなり人気なので味にも自信があるし、お腹を減らした学生達ならすぐにぱぱっと食べれるもののがいいだろう。そんなことを思いながら綾女としばらく作業をしていると玄関のチャイムがなった。その音に気付き綾女は玄関に小走りに向かった。ガチャガチャっと扉が開くと数人のお邪魔しまーすという声が聞こえた。そのまま綾女が自室に案内していく階段の足音が聞こえたので、一度料理の手を止めてグラスに氷を入れ昨日から用意してたアイスティーのポットをお盆にセットした。準備が終わると綾女がちょうどタイミングよく戻ってきた。また戻ってきたその手には駅前の洋菓子店の紙袋を握っていた。たぶん手土産に買ってきてくれたのだろう。
「綾女、もう昼食すぐできるから先にお茶持ってきな。皆暑かっただろうし、お菓子はあとで休憩の時にケーキと出してあげるから置いておいて。」
綾女ははーいと返事をしてお茶を手に取りすぐにまた2階に上がっていった。
「さてさてどんどん盛り付けますか。」
私は作った料理を1人でせっせとお皿にのせていった。男子もいると聞いていたのでなかなかのボリュームになっている。ケチャップの甘い香りに私自身も食欲をそそられる。朝からバタバタしてて朝食を食べ損ねていたので、私も早く食べたい気持ちがより準備のスピードに拍車をかける。しばらくするとお茶を渡し終えた綾女が戻ってきたが、その後ろに1人の男子が綾女と共ににこちらに向かってきた。彼はたぶん運動部なのだろう少し前まで短髪だったような髪の伸び方をしていて、日焼けもかなりしている。また身長も190センチくらいの高身長かつ少し筋肉質な腕が捲し上げたシャツから見えていた。私の視線に気付いたのか軽く恥ずかしそうに会釈をしてこんにちはと発した。
「綾音ちゃん、この人クラスメイトの中城純也。一緒に持っててくれるからあと大丈夫だよ。」
「あ、そうなんだ。ありがとうね。」
私は目の前の彼にそうお礼を伝えると彼はあ、いえとまた視線を恥ずかしそうにそらした。私はその初々しい姿に照れ屋さんなのかな可愛いと心の中でつぶやいた。綾女の友達だから結構お喋りな人達を想像していた分、彼のその姿がすごく年齢の割に落ち着いた印象に感じた。
綾女達が談笑しながら昼食をとっている間に私もダイニングで1人昼食を食べ始めた。我ながら実に美味しくできたなと思いつつ、もくもくと食べてあっという間に平らげた。食べ終わった食器と調理器具を洗い始めると失礼しますと後ろから声がしたので振り返ってみた。先程綾女と運ぶの手伝ってくれた彼が入り口の近くにいた。
「……あ、えっと……純也君?どうしたの?」
「あ、すみません。えっと氷をもらってもいいですか?」
と、彼は少し遠慮気味に言ってきた。身体が大きいからか手もかなり大きいので空のグラスがいつもより小さく感じてしまいぎゅっと握りしめてる感じが微笑ましくなった。
「あ、氷?どうぞどうぞ。ごめんね。今洗い物してるから取ってもらっていいかな。2段目にあるから好きなだけ入れて。」
私の返答に分かりましたと返事をするとそっとキッチンに入って冷凍庫の氷を取り出そうと少しだけ前のめりになった。それでも入り口との距離よりさらに近付いた彼の身長は高さをより一層感じた。私はその姿に思わずほほ~と関心を示してしまい、氷を入れている彼を少し眺めてしまった。その視線を何となく感じたのか彼の耳が少し赤くなっている気がしてとっさに見るのをやめた。年下の子を困らせたことに申し訳ないと思い気を引き締めて食器を洗っていると、氷を入れ終わって用事がすんだはずの彼が少し距離を取りながらこちらに身体をくるっと向けた。
「……あの綾音さんって料理人さんなんですか?」
あんなに私に見られて気まずそうだった彼がそのまま話しかけてきたので、私は驚きのあまり彼のほうに目線を戻し少しだけ黙ってしまった。その反応に彼は戸惑い始めたので私は、はっと我に返り質問の答えを返した。
「あー、ううん。喫茶店で働いてて軽食を少しだけ作るくらいだから料理人ではないよ。」
「そうなんですね。じゃあ普段は珈琲の勉強してるんですか。今日のメシすごく美味しかったのでプロの人なのかと思いました。あ、御馳走様でした。」
「そんな。全然。でも珈琲の勉強はよくするかも、あ、お粗末様でした。」
彼が急にお礼をしながら軽く頭を下げたので私もつられて頭を下げた。礼儀正しい男の子だなと感心し、食器も洗い終わったので手を拭いていると彼はまだそこに立ち続けていた。どうしたのだろうか。まだ何か欲しいものでもあるのだろうか。
「……えっと、おかわり欲しかった?」
と、ここに残る理由で思いついた質問を彼に投げ掛けてみるとたちまち彼の耳や顔が赤くなり焦り始めた。
「ち、違います!美味しかったですけど食べ物もらいにきたわけじゃないですっ。」
「あ、氷欲しかったんだもんね。ごめんね。」
口をパクパクさせてる彼の反応に私は思わずクスクスと笑ってしまった。高校生って大人になりきれてない感じが可愛い。弟がいたらこんな感じなのかなと染々考えていると、綾女が片付けた食器を持ってくる音が聞こえてきた。その音に気付いたのか彼は長居してすみませんと言うと綾女に軽く声をかけ2階に戻って行った。綾女は食器を置くと特に気にせずじゃ、作業してくるねと彼の後に続いた。彼の行動に少しだけ疑問を持ったが世間話のつもりかもなと私も特に気にせずリビングでテレビを見始めた。今日はとことん見れていない海外ドラマを見ようと思っていたので、やっとソファでくつろげることの喜びを噛みしめリモコンのスタートボタンを押した。
しばらくそのまま好きな海外ドラマを観続け、さすがに休憩しようかなと時計をちらっと確認したらいつ間にか3時を過ぎていた。そろそろケーキの用意かなと思いキッチンに向かった。お湯を沸かして紅茶の準備をしているとまたしても失礼しますと彼が入ってきた。さっきとは違い手にグラスはなかったので氷ではないことは確かである。
「どうしたの……?」
「あ、たまたまお手洗い借りてたらお湯を沸かす音が聞こえたのでお手伝いしようかと……。」
「えっ、お客様にそんなことさせないよ。必要なら綾女がいるから大丈夫だよ。」
「……あー、いや、戻るついでなんで手伝います。」
そういうとまたキッチンにささっと入ってきた。なんと律儀な子なんだろうか。ご両親の教育の賜物だな。
「……じゃあ、お言葉に甘えて。そこの棚と引出しから人数分の平皿とフォーク出してくれる。」
彼は私の指示に了解ですと答え作業し始めた。淡々と沈黙で作業するのも気まずいなと思ったので今度はこちらから話しかけてみることにした。
「純也君は部活何部なの?」
「俺は水泳です。自由形とリレーやってたんですけど、わりとすぐ大会は終わっちゃって今は後輩に引き継ぎしてる最中です。」
「わーどうりで日焼けすごい訳だ。」
「そうっすね。日焼け止めはプールの水汚さないようにぬれないんすよね。」
「えー、厳しいねー。女の子だったら無理な条件だよ。」
「あー、女子はこっそり塗ってそうですけどね。何か俺らより焼けてない気がします。」
「あははっ。そうなんだ。でも水泳部って納得かも!さっき氷取ってる時に腕の筋肉が引き締まっててカッコいいな~っって思ってっ――」
と、素直な感想を思ったまま彼に伝えていると急に彼がフォークを床にガチャンと落ちた。私も急な音にびっくりしてしまい紅茶の茶葉が入った缶を床に同じく落としてしまった。彼はまた耳を赤くしながらすみませんと慌ててフォークを拾った。たぶんカッコいいと言われたことにびっくりしたのだろう。でも正直高校生でこの背格好ならわりとクラスの女子から黄色い声援はありそうだけど……。
「あっううん。大丈夫だよ。フォーク洗うから貰っていいかな。」
「……仕事増やしてすみません。」
と、彼は目線を下に向けたままフォークをこちらに手渡してきた。恥ずかしいのか、はたまた申し訳ないと思っているのか全然こちらを見ようとしない。その初々しい姿にちょっとだけ意地悪したくなってしまったので、わざと受け取らず私はさっとしゃがんで彼と目線を合わせてみた。すると彼は私のまさかの行動に目を見開いて少しだけ後退り、とっさにフォークを持っていない左手で顔を隠した。その行動に私は不覚にも少しだけときめいてしまった。
「……純也君って赤面症なの?」
「…………はぃ。……あー、もー、なんで覗いてきたんですか。」
「ちょっとしたイタズラ心。」
と、私が答えると彼はえぇと言いながらも少しだけはにかんだ。ここまでくるとなんか小動物を相手にしてるような気分になる。心がくすぐられるってこういう時を言うんだろうか。そんなやりとりをしているとリビングの入り口から綾女が入ってきた。
「あれ。純也、また手伝ってくれてるの?あざーす。」
綾女が近づいてきたので変に思われないように私はささっと茶葉の入った缶を拾って立ち上がった。逆に彼は慌てた素振りも見せず綾女と話し始めた。
「…おぉ。今日一日お世話になるからな。」
「そうだろう、そうだろう。綾女様に感謝して敬えよ。」
と、調子の良いことを綾女が言うので私は冷たい視線を送った。今日の労われる人は私ではないだろうか。それに気付いたのか慌てて綾女も私もやりまーすと手伝い始めた。
「ってか、香坂は料理してなくね。」
「あ、バレてたのか。残念だ。」
「だってお前家庭科の授業で揚げ物焦がしてたじゃん。」
と、さっきまでの赤面男子とは思えないくらい綾女とスラスラと会話をしている。静かな子なのかなって思っていたのはただの人見知りだったようだ。でも逆に人見知りのわりに自分から話しかけてきたけど、それは友達のお姉ちゃんだから愛想をふりまこうとして空回った感じなのか。それに綾女は香坂って呼ぶんだ…。そんな色んなことを考えているとふとある疑問が頭をよぎった。私のこと何でわざわざ名前で呼ぶんだろう。正直今日くらいしか会わない相手だから、別にお姉さんで済むのになぁと思った。
「綾音ちゃん、これ持ってくね~。」
「……っあ。はいはい。よろしく~。」
綾女は準備ができたほうのお盆を持って階段に向かいながらじゃあ、純也残り頼んだよと一言残し去っていった。そしてもう一つのお盆も準備が済んだので彼にじゃあお願いしますと伝えケーキの箱などを片付け始めた。すると彼はお盆を受け取り、こちらにはいと返事をして階段の方へ歩き始めた。しかし数歩歩いたところでくるっと回れ右をして私の方に体を向けた。
「綾音さんのお店って近いんですか。」
「……え。お店って職場のこと?。」
そう聞き返すと彼は首を縦に降った。
「そうだね。ゆうやけ商店街の喫茶店~結~で調べたら出てくるんじゃないかな。」
「俺珈琲好きなんで今度行ってみたいです。」
「あ、そうなんだ!ぜひぜひ。マスターが淹れる珈琲は格別だよ。」
そう言うと彼はきょとんとした顔でまた私に質問をしてきた。
「綾音さんは淹れてくれないんですか。」
「えっ私?逆に私でいいの?絶対にマスターのほうが美味しい珈琲淹れてくれるよ。私なんてまだまだ修行が足りないからマスターの足元にも及ばないし……。」
「じゃあ、綾音さんの更なる向上の為にも俺に珈琲淹れてください。」
と、また彼はあのはにかんだ笑顔で笑うとさすがにもう戻りますと言って階段の方へ再び向かい去っていった。その彼のたった一言で、私はまた心がくすぐられて少しだけ自分の頬にも熱が伝わった気がした。