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挨拶のビール

 あの後買い物が終わり3人で手分けして、荷物を持ちながら歩いていた。駅からだんだんと周りが住宅街になってきたので、さっきまでのざわざわした空気から閑静な空気に変わっていった。

「いやぁ~、今日は天気がよくて良かったなぁ~。」

「やっぱ私も少し持ちますよ?」

 私は先程買ったケーキだけを持っていて、あの重そうな大量の荷物を3分の2は誠也君が持っていた。

「いいですよ。元々荷物持ちで来たんで~。」

「白々しぃ……それだけじゃなかったじゃんか。」

「それだけだと思ってる純也がお人好し過ぎるんよ。」

「くっ……。」

 彼は悔しげに苦い顔をしていた。こんな風にいつもお兄さんに遊ばれているのかなと、少しだけ可愛そうと思った。

「ところで綾音さんは、お酒強い?」

「……弱くは…………ないかと……。」

 私は以前の失敗がある手前、彼の前で強いとは言い切れず歯切れの悪い返事をした。

「そうですか!ビール飲める?」

「飲みます、一番好きです!」 

「じゃあ、母さんよろしくね?」

「……え、それはどういう意味で……。」

「あ、あれが我が家でーす。」

 私は誠也君が指差した方を見た。昔からあるようなただ住まいの一軒家だった。ブロック塀に囲まれ、大きい桜の木があり、瓦屋根の立派な家だった。私は失礼かもしれないが、シングルマザーと聞いていたので、こじんまりとしたアパートを想像していた。なのでしっかりとした庭付き一軒家を目の前にして少し驚いた。

「……結構大きいでしょ?ばあちゃんから譲って貰ったらしい。」

「そうなんですか……スゴい立派なお家ですね。」

 誠也君は私の考えが分かったのか、わざわざ説明してくれた。

「綾音さん、いつも通りで大丈夫ですからね?」

 彼は私の耳元でそう言ってくれたので、私は小さく頷き、2人に続いてそのまま門を開けて入った。ついに私は彼の家の玄関前に到着した。この日がきたかと心臓バクバクで彼らの後ろに立っていると、先に入った誠也君が声をあげた。

「ただいま~、かあさーん?」

 誠也君はそう言いながら、持っていた荷物を玄関に置いた。

「綾音さん、どうぞ。」

「お、お邪魔します。」

 私は彼に促されるまま、家の中へ一歩踏み込んだ。しかし呼んでいる声が聞こえないのか、玄関には誰もくる気配が無かった。

「あぁ……もうやっちゃってるかな。」

 誠也君はそう言うと、はぁとため息をつきながら先に奥に入って行った。私は思わず純也君の服をくいっと引っ張って、ひそひそ話し始めた。

「もしかして……私に会いたくないとかじゃないよね?」

「違いますよ、たぶん見たら分かるんで行きましょうか。」

「えっ、いいの?入っちゃって……。」

「どうぞ、むしろ助けてもらうかも……。」

「……?」

 私はおずおずしながら靴を揃え、純也君の後をついていった。

「母さん、綾音さんと入るよー?」

「だ、ダメ!待って!」

「わ!母さん、急に動いたら……っ!」

 その声と共にガッシャーンと何かが落ちる音がした。私はダメと言われた手前、入るのに少し抵抗があったが、恐る恐るリビングの敷居を跨いだ。するとキッチンが小麦粉まみれになっていた。私はその地獄絵図に反応できず、目をぱちくりしながら固まってしまった。そしてキッチンにエプロンが粉まみれの女性が立っていた。その女性は私と目が合うと顔を真っ赤にして、あわあわし始めた。

「…………こんにちは。」

 私は何から喋っていいのか分からず、とりあえず挨拶をしてみた。

「こ、こんにちは…………うぅ。」

 目の前の女性は挨拶をしたかと思えば、うるうると涙目になった。

「だから母さん、料理苦手なんだから無理するなって言ったじゃん。」

 誠也君は呆れたように床の小麦粉を箒で掃除をし始めた。

「だ、だって、年末だし、純也の彼女来るって言うし、天ぷら食べたいって2人が言うから!」

「俺達が言ったのは、外食の話でしょ?」

 そう言いながら純也君も同じように片付けを手伝い始めた。私はハッとして同じように片付けようと、手に持っていたケーキをどこに置こうかおろおろしてしまった。

「綾音さん、いいよ、俺らがやるから。」

「うん、大丈夫ですよ。……あ、ケーキ綾音さんが買ってくれたから、母さん冷蔵庫閉まってあげて。」

 私は2人にそう言われて、目の前の女性を見つめた。すると申し訳無さそうに、あちらがお辞儀をしてきた。

「すみません、こんな状態で……純也の母の皐月(さつき)です。皐月って呼んでください。」

「皐月さん、、、あ、すみません。私、純也君とお付き合いさせて頂いている香坂綾音です。」

「……綾音ちゃん、ごめんね。」

「え。」

「美味しい天ぷら……だせないかも……。」

『謝るのそこじゃねぇだろ。』

 中城兄弟は同時に突っ込みをいれていた。

「あ、そうだよね……初対面なのに……。」

「あ、いえいえ!滅相もないです……あの……。」

「うん?」

「私やりますよ……?」

「…………え?」

「天ぷら、私が揚げます。」

「ほ、ホントにぃ?!」

「あの……エプロンだけお借りしてもいいですか?」

「もちろん!!」

 皐月さんは嬉しそうにエプロンを取りにリビングを出た。

「……行っちゃった……あ、純也君、ケーキ閉まってください。」

「……はぁ、、はい、ホントにすみません。」 

 私は先に彼にケーキを渡した。

「綾音さん、荷物と上着、一旦そこのソファの上に置いてください。」

「あ、うん。」

 私はソファに向かい、上着を脱いで畳んで荷物の上に置いた。

「綾音さんって、なんでも作れるの?」

 誠也君は床の掃除を終わらせ、手を洗いながら聞いてきた。

「なんでも……って、言われると自信は無いですけど……一通りはできるかと……。」

「おぉ!いいね!嫁として最高じゃん!」

「…………っよ!?」

「だから兄貴、やめろって言ってるだろ!」

「よ、嫁!?!」

 私達3人は叫び声に近い声が聞こえて、一斉にリビングの入り口を振り返った。そこには皐月さんがエプロンを落として、震えながら口をおさえて立っていた。

「きょ、今日の挨拶……って、そういうこと……?」

「ち、違う違う!母さん、違うから!」

 純也君は顔を真っ赤にして母親のところに駆け寄った。

「だっ、だって、いま、みんな……嫁って……。」

「落ち着いて!マジで違うから…!た、確かに、いつかはね、そうなりたいけど。」

「い、つか?」

「そう!いつか!それくらい大事な人なんだけどっ……今は、まだ違うから!」

「ヒュ~、いつかは……だって。」

「っあ!……。」

 今度は中城家の3人がこちらを見てきた。私はその視線が直視できずに、思わず顔を両手で隠して座り込んだ。

「綾音さん!?」

「わぁ~、恥ずかしがってる~。可愛い~。」

「兄貴は黙ってて!」

 そう言って純也君はこちらに走って、私の肩に手を置いた。

「あ、綾音さん……すみません……。」

「さすがに今のは……。」

「そうですよね!?……マジですみません。」

 見えなくても声だけで彼もテンパっているのが分かる。

「まぁ、とりあえず、天ぷらも含めてやろ~。」

 元凶の誠也君は何も気にせず、お皿などを出し始めた。

「綾音ちゃん……これ、はい。」

 私は優しい声がしたので顔をあげた。目の前で皐月さんがニコニコしながら、エプロンを手渡してきた。

「ありがとう…ございます。」

「私は綾音ちゃんなら歓迎するよ?」 

「…………へ?!」

「母さんもやめて!」

 彼は顔を赤くしながら、母親に他の準備してと言いながら背中を押していた。私は一息ついて、渡されたエプロンを身に付けた。

 その後は各々が準備して、30分後くらいにはほとんど準備が終わっていた。私はひたすら天ぷらを揚げていた。私の為になのか沢山の種類を用意してくれていたので、なかなか贅沢な天ぷらがずらっと並んでいた。私の横では、天ぷら用の大根おろしを皐月さんが一生懸命おろしていた。

「綾音ちゃんって、喫茶店で働いてるんでしょ?」

「あ、はい。」

「珈琲の香りって癒されるよね。」

「癒されますね、珈琲飲まれますか?」

「ブラックは苦手だけどカフェラテなら好き。」

「じゃあもしも近くに来た際は、お店に寄ってください。私が今日のお礼にご馳走します。」

「わぁ、本当?嬉しい!」

 私は常にニコニコしている皐月さんはとても可愛らしいと思い、純也君の元ヤンは何かの聞き間違えではと疑ってきていた。

「綾音ちゃん、お酒は?好き?」

「はい、基本的に何でも飲めます。」

「じゃあ今日は一緒にビール祭りだね!」

「あ、はいっ!……全部終わったのでこれ運びますね。」

「うん、そのままぜひ座って~。」

 私ははいと返事をするとエプロンを畳んで近くに置き、大量の天ぷらが盛られたお皿を運んだ。リビングでは中城兄弟が買ってきた惣菜やおつまみをお皿に出していた。

「わぁ、すごーい。豪華!」

「綾音さん、こっちに座って下さい。」

 純也君はそう言うと、椅子をひいてくれた。私は失礼しますとその椅子に座った。

「ヤバーい、お腹空いたぁ!……母さん、早くビールで乾杯しようぜ!」

 誠也君は相変わらず元気にきゃぴきゃぴしていた。そして皐月さんはビール缶3本とコーラを一本持ってきてささっと座った。

「綾音ちゃん、今日は沢山食べてね?」

「あ、はい。」

「よっしゃあ!かんぱーい!」

 誠也君に続き、私達は乾杯をすると、みんなでグイッと飲み始めた。私はプハーっと缶から口を離して、隣を見るとさっそく彼が天ぷらを食べ始めていた。

「……うまぁ!」

「本当だぁ、綾音ちゃん揚げるの上手!」

 皐月さんも食べ始めて、嬉しそうに感想を述べていた。私はちょっと不安だった気持ちが消えて一安心だった。

「はぁー、ビールおかわりしよぉっと!」

「…………っ!」

 私でもまだ半分ある中で、皐月さんは次の缶ビールを取りに冷蔵庫に向かった。私は純也君の耳元に話しかけた。

「皐月さんって酒豪?!」

「……残念ながら。」

「ってか、元ヤンって嘘でしょ?」

「嘘じゃないです……たぶん、あと3本くらい呑んだら出てきますよ。」

「………………。」

 私はハッとして誠也君を見た。誠也君はコクンと頷いた。任せるってそういうことだったのか。私は自分も酔ってないと身が持たなそうと判断して、残りのビールを一気に飲み干した。

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