初めてのエッグノッグ
彼は相変わらず付き合う前と同様に連絡がマメだった。毎朝のおはようから始まり、昼になり余裕があれば電話をしてきたし、夕方以降は毎週水曜日以外にもたまに来店してくれた。夜は私がバタバタしていて連絡がとれないが、仕事が終わり、帰りながら連絡すると大体すぐに返信がきた。ただ就職の内定が出ているとはいえ、彼は勉強が中心な学生なので正直無理をしてるんじゃないかと少し心配になっている…。それでも彼が好きだと自覚すればするほど、会えない時は会いたくなってしまう。
「明日、土曜日だから、少しだけならいいかな……。」
私は最寄り駅に着いたので、そのまま歩きながら彼に電話してみた……。するとワンコールで電話にすぐ出た。
「綾音さんっどうしたんすか?!夜道で何かありましたか!」
「……え、何も……ただ声聞きたくて、電話しようかなって……。」
「…………。」
「……ご、ごめん。忙しかったなら、切るから……。」
「ち、違います!」
電話の向こうの彼はそう言うと何やらガチャガチャバタバタと騒がしかった。
「……あの、本当に忙しいなら……。」
「切らないで!」
私は彼が必死に止めたので、素直に切らないで彼が落ち着くのを少し待った。するとしばらくして咳払いが聞こえた。
「……お待たせしました。」
「私はいいけど、何かしてたならそっち優先しても……。」
「いや、こっち優先で大丈夫です。」
「純也君、あの色々あんまり無理しないでね……。」
「何がですか……?」
「ほら、私の仕事、かなり時間も曜日も安定してないから、私に無理に合わせてないか……たまに心配になる……。」
「大丈夫ですよ。無理してないです。」
「……本当に?」
「…めっちゃ疑うんですね……。」
私はだって心配なのと、言いながら近くのコンビニに立ち寄った。綾女に頼まれたデザートのプリンをかごに入れようと手に取り、自分は何にしようか悩んだ。
「…………綾音さんが頻繁に連絡とるの嫌なら止めます……どうしますか……?」
私は冷静だけど突拍子もない彼の返しに綾女のプリンをかごに落下させてしまった。私は思わず逆さまになったプリンを見て、あぁーっ!と軽く叫んでしまった。それを聞いていた彼は驚いた声で、大丈夫ですかと慌ていた。
「あ、大丈夫じゃないけど大丈夫……。」
「それどっちですか?」
「……えっと、ごめん。大丈夫。」
「綾音さんは俺と連絡とるの大変じゃないですか……?」
「……大変じゃないです。」
「……じゃあ、連絡とれて、、、本当は嬉しいですか……?」
「……っ!」
私は渋々もう1つ選んだ綺麗なプリンを彼の発言のせいでまた落としそうになった。さすがにコンビニでそれの答えを発言できる場所じゃないと思い、彼に一度電話をかけ直すからと言って切った。そして足早に会計をした後、すぐさまコンビニを出て、電話をかけ直した。
「……もしもし、綾音さんのが忙しいんじゃないですか。」
「違うよ!純也君が返答に困ること言うからっ!」
「…………だって、なんか、、、嫌がられてるか心配になるじゃないですか……俺、初めてなんですよ…彼女とかいるのがさ。」
電話の向こうの彼は恥ずかしそうないじけてるような声で言ってきたので、可愛すぎると道路の真ん中で胸がズキュンと撃たれてしまった。そして改めて彼女なのかと少しだけ私もニヤけた。
「……綾音さん?聞いてますか……?」
「あ、聞いてる聞いてる。」
「それで?嫌じゃないんですか……?」
「んーーそうだなぁ……。」
「え、悩むってことは……。」
私がわざと悩むふりをすると、彼は明らかに勘違いをし始めたので、私は耐えきれず吹き出してしまった。
「……っ!あ、わざとですか!」
「あはは、ごめん。だって、、可愛いくて……。」
私は笑いながら謝ると彼は可愛いってとツッコミながら困ってる様子だった。
「……純也君と、連絡とれてるの毎日楽しい……よ。」
私はボソッと独り言のように伝えたが、彼は聞こえてなったようだ。すぐに聞き返してきたがそれに対して何でもないと言った。それから家までの帰り道、彼との夜の時間を楽しんだ。
そしてついに一刻とクリスマスが近づいてきて、商店街も含めて、街並みがクリスマスカラーに染まっている。電球もチカチカして、見てるだけでテンションが上がってくるのはクリスマスマジックなんだろうか。私はいつも通りの開店準備を寒空の下で行っていた。はぁーと吐く息がとても白くなっているのでより寒さを強く感じ、店先の花壇も霜がおりていて、花も寒そうに見える。私はせっせと掃き掃除をすませ、暖かい店内へすぐに逃げ込んだ。
「綾音ちゃん、寒い中ありがとうね~。」
「いえ、大丈夫です!」
私は防寒服を脱ぎながら答えた。
「あ、綾音ちゃんさぁ、クリスマスとイブはどっちが予定入るのかな?」
「……え……な、な、……。」
「…たまにくる彼と付き合ってるんじゃないの……?あ、これってセクハラ発言かな……。」
「わ、私、何も言ってないですよね!?」
「言わなくても……あんなに綾音ちゃんのこと好きそうな顔で見てたら分かるよ……彼、嘘つけないんだね……。」
マスターの視野の広さというか、彼の素直さというか、私はバレていたという事実に恥ずかしさの波が押し寄せていた。
「ってか、彼、イブだけでも1日バイトしちゃえばいいのに。」
マスターはけろっとなかなかの発言をしてきた。
「……バイトですか……?」
「さすがにこの2日は休ませてあげられないけど、2人で働いて、夜は店貸してあげるからさ、店の中でケーキでも食べて帰れば?」
「えぇ……。」
「まぁ、聞いてみてよ。」
「あぁ、じゃあ、ダメ元で……。」
その日の夜、彼に電話して聞いてみたら即答でイエスと返ってきた。しかも一緒にいられるなら2日ともやると言い出したので私は慌てて止めたが、こうなった彼は頑として聞く耳をもたないので私は諦めてそうしてもらうことにした。
当日の朝はお店の表にショーケースを出したりと大忙し。クリスマスケーキはいつも定番の苺の生クリームとチョコレートケーキの2種類で、少し小さめのサイズを用意している。そうしている理由は明確で近くに居酒屋などがあるので、ささっと気軽にサラリーマンのおじさま達でも買いやすいようにしている。そしてケーキには珈琲などに使える割引チケットも付けているので、新年明けの新規顧客も勝ち取れるようにして万全体制で準備してる。またテイクアウト用の珈琲も販売するので、マスターは朝から珈琲の下準備を店内でしてくれていた。
「綾音さん、重たいのは俺がやるのでこっちのやつお願いします。」
彼はさすが元運動部だけあって、次々と外の荷物を出してくれていた。そして何より覚えが早いことにビックリした。バイト経験があるのは知ってたが、きびきびと仕事をこなしていく姿は初めて見るので尚更新鮮に感じた。
「綾音さん……?聞いてますか…?」
「あ、ごめん。分かったよ。よろしくね。」
「はい。任せて下さい。」
彼はニコニコの笑顔でまた店内へと荷物を取りに向かった。若さも相まって本当にスピーディーに動く彼に負けてられないと思い、私もせっせとショーケースにケーキを納めていった。
「綾音ちゃーん!」
すると急に通りの向こうから常連の真信さんが小走りでこちらに向かってきた。手には何やら大きい紙袋が2つ持たれていた。
「どうしたんですか……?今日は店内利用は休止ですよ?」
「そんなの毎年だから知ってるよ~。マスターに頼まれてた衣装を届けに来たんだよ……。遅くなってごめんね。」
そう言いながら、手を合わせて謝ってきたが、私は何のことだか全然分からずとりあえず袋を受け取った。そして中身を見るとサンタのコスプレ衣裳が入っていた。
「……え。これ、男性用ですよね……?」
「ん?1着ずつって言われたからそれぞれあるよ?」
「…………。」
「あ、来たね~。」
私は後ろからマスターの声がしたので、すぐさま問い詰めた。
「ま、マスター……?こ、これは……。」
「うん。2人に着てもらうやつだね。」
「いや、私はさすがに……。」
「え、綾音ちゃんが去年提案してくれたじゃん。」
「いや、確かに半分冗談で来年はって言いましたけど、マスター乗り気じゃなかったですよね……?」
「だって僕だけ着るみたいなこと言うからでしょ?」
私は確かに去年のクリスマス終わりに着てたほうが目立っていいですよとマスターに言ったが、自分が着る為に言ったつもりは更々ない。それにマスターだからサンタクロースぽくて良いかなと言ったのに、、、。
「綾音さん、サンタ衣装着るんですか?」
今度は後ろから純也君が声をかけてきた。私は彼の顔が若干、嬉しそうにしているように感じた。
「あ、いや……。」
「そうだよ~。2人で着替えておいで~。」
私が否定するのを遮るように、マスターがそう言いながら彼に衣装を渡してしまった。そのまま彼は分かりましたと返すと素直にバックヤードに足早に行ってしまった。
「ま、マスタァ~……。」
「いいじゃん。たまにはさ!さ、綾音ちゃんも準備、準備。」
「そうだよ~?俺、急いで持ってきたんだよ?」
マスターと真信さんは2人でねーと、言いながら謎の結託を組んで早く行ってきなと言わんばかりにニヤニヤしていた。私は何で今年はこんなにコスプレをしないといけないんだと重い足取りで店内へと歩き出した。するとすでにバックヤード扉の前で着替え終わった彼が待ち構えていた。彼はスラッとした長身なので、なかなかにスマートなイケメンサンタクロースに仕上がっていた。どこかのチキン屋さんのお爺さんとは雲泥の差だ。
「……似合いすぎでは……?」
「これ、似合う似合わないあります?」
「……はぁ、着るのヤダー。」
私はため息をしながらその場でしゃがみ、袋をぐしゃっと軽く握りしめた。
「綾音さん……俺は、見たいです。」
「そう言われても嫌なものは嫌なのよ。」
「だって、絶対……可愛いです。」
その一言に私は恥ずかしくなり顔を大袋で隠した。ストレートな発言はやめてほしいと思いながら、私はそれは分かりませんと、言いながらそそくさと着替えに向かった。私はバックヤードに入り、せめてスボンであれと願いを込めて袋から出すとガッツリスカートだったので、肩をガクッと落としながら仕事の為と念仏を唱えながら渋々着替えた。なんとか嫌々ながらも全て着たので、鏡で全体を確認し、知り合いに見られませんようにと心の中で呟きながら外に出た。するととっくに着替え終わったはずの彼が扉の横で待ち伏せしていた。
「……ちょっ!何で待ってるの?!」
「だって一番に見たいじゃないですか。」
そう言った彼は、上から下までゆっくりまじまじと見てきた。私はその行動に一気に恥ずかしくなり、彼の顔を手で覆った。
「えっ、見えないんですけど!」
「そっ、そんな、まじまじと見ないでよ!余計に恥ずかしくなるでしょーがっ!」
「……だって、可愛い綾音さん目に納めたい。」
「もう、やめてっ!これ私にとって生き地獄だから!」
「またお揃いですね?」
彼はそう言うと手をどけて嬉しそうにこちらに微笑んできた。この笑顔に私は胸がキューと締め付けられた。
「……お揃いが嬉しいの?」
「違いますよ。綾音さんの可愛い姿が見れて嬉しいんです。」
「また、そう言うことをストレートに……。」
すると突然彼は私の腕を少し引っ張り、頬っぺたに軽くキスをしてきた。私は急な行動に驚いてしまい、キスされた頬を咄嗟に手でおさえた。
「な、な、何してるの?!」
「恥ずかしそうな綾音さん見てたら、つい。」
私はその発言に仕事中ですと、言いながらぽかぽかと彼を軽く叩いた。すると店前から着替え終わったらこっち来てーと、マスターの声が聞こえたので、彼を軽く押し退けてまた先に店前に戻った。
「すみません。お待たせしました。」
「あ、可愛いね。綾音ちゃん似合ってるよ。」
「……ははは。」
「あとこれ今年は珈琲と一緒に作ってみたから2人で試飲してみてくれない?」
マスターはそう言うと甘い香りがするマグカップを私に渡してきた。カフェラテにしては色があんまり茶色く無いので、初めて見る飲み物だなと私がマグカップを不思議そうに見てると、彼が遅れてやってきた。マスターはまた同じようにマグカップを彼に渡した。
「純也君も飲んでみてね。エッグノッグは飲んだことないんじゃないかな?」
「エッグノッグって何ですか?」
「エッグノッグはね。牛乳ベースの甘い飲み物。 牛乳、クリーム、砂糖、溶き卵に挽いたシナモンとナツメグで味を付けるの。大人だったらここにラム酒とかを入れたエッグノッグも飲むんだよ。 」
マスターの説明に私達2人はへぇと言いながらゆっくり口に運んだ。なかなかの甘さだがシナモンロールなど好きな私にとっては結構好きな味だった。
「美味しいです。温まりますね。」
「甘くて、うまー!マスター、何でも出来ちゃうんすね。」
私の隣で彼が嬉しそうに同じく感想を言うと、マスターもニコニコと嬉しそうにありがとうと返していた。私も寒い地域で好まれるのが分かるなと思いながら、フーフーと冷ましながらゆっくりと飲み続け慌ただしくなるこれからに備えた。




