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八杯目のカフェモカ

 いつもの癖なのか私はすぐに目が覚めてしまった。スマホの時間を見ると5時17分と表示されていた。そしてそのスマホ越しにすやすやと寝てる彼の寝顔が見えた。初めて見る寝顔は少年らしい爽やかな表情だった。

「……はぁ、自分からふっておいて、何やってるんだろ。」

 と、私は小声で呟きながら昨夜の事を思い出した。


 ――――――――――――――――――――

「……ん………ぅん。」

 深いキスは思いの外長く、だんだんと息が続かなくなってきてしまい。私はさすがに途中で彼から顔を離し、彼の肩に頭をのせて呼吸を整えた。彼より私のほうが息が上がっているのは年のせいなのか…。

「…綾音さん……?大丈夫ですか……?」

「だ、大丈夫……だけど……キス、長すぎませんか?」

「だって離れたらそこで終了じゃないですか。」

「そんな試合を諦めたら的な発言をされると思わなかったよ。」

 私はそう言うと、彼の肩から離れ頭を上げた。そして彼と目が合ったので何となく誕生日おめでとうと、伝えた。彼は彼でありがとうございますと答えた。その後は何もなかったように寝ようということになり、お互いにベッドの端と端でそれぞれ眠った。初めは緊張して眠れなかったが、アルコールのお陰かしばらくしたら眠りについていた。

 そして今の状態に至る。私は彼を起こさないようにそーっとベッドから抜け出し、洋服に着替えた。そして近くのテーブルにあったメモにお礼と先に出ることを書き、お金を置いて、上着に袖を通してその場を去った。時期が冬なのでまだ太陽が登りきっておらず周りは暗かった。場所が場所なだけに変な人に捕まらないように足早にその通りを抜け、駅に向かった。丁度始発の電車が止まっていたので、それに乗り座席に腰かけ一息ついた。その際にポケットに手を入れると何かが入っていた。私は何だろうと思い、ポケットの中の物を手探りで取り出した。それはアザラシのキーホルダーだった。酔っ払った時に買ったのかなと思いながらよく見るとあの水族館の名前が入っていた。たぶん彼があの日に私の為に買ってくれてずっと渡せずに持っていたのだろう。そう思うと私はまた胸が締め付けられ、そのアザラシをぎゅーっと握りながら拳に顔を当てた。私は何度彼の思いを無下にしてしまってるんだろう。これを貰って私が喜んでくれるのを想像しながらあそこに戻ってこようとしたんだろう。そんなことを考えていると、あの日と同じように彼の元を去る電車の扉が閉まり走り出した。私はそのキーホルダーを無くさないようにカバンにしまい、電車に揺られてる内に睡魔が襲ってきたので素直に目を閉じた。

 しばらくするとスマホのバイブが鳴り始め、その振動で目がパチッと覚めた。鳴り終わったスマホを見ると止め忘れていたアラームだったのですぐに通知を消した。そしてそのまま放置していた連絡を見ると紫帆からの連絡だった。内容は後輩からの話を聞いて心配している感じだった。私から返信が無いので似たような内容が3通くらい届いていた。私はさすがに返すかと何もなかったよとだけ打った。ここで全部を説明するのは難しいし、秘密にしときたい気もする。そんなことを考えていると降りる駅にもうすぐ到着するアナウンスが流れた。

 駅に着くとこれから出勤であろう人達が一心不乱に目的の電車に向かって歩いていた。その流れを逆流していくかのように私は人混みを掻い潜り出口に向かった。乗ったばかりとは違い、太陽が燦々と私を照らしてくれていた。私は太陽に向かっておもいっきり伸びをして、盛大に息を吐いた。寒い日に太陽の光があるだけで体感温度が変わるのでありがたいなと思いながら自宅方面へ歩き始めた。しかしふと良い薫りが鼻に届き、右を向くとパン屋さんの焼きたてパン達がこちらを誘惑するように見ていた。朝のパンの香りってたまらないんだよなと思いながらショーウィンドウを見ると2日前にオープンした張り紙が貼られていた。

「そうだよね、初めてパンの匂いをこの駅で感じたもんな。」

 そしてよくよくポスターを見るとオープン記念でモーニングのパンが一つ無料と書いてあった。これは行くしかないと思い、迷わずパン屋に足を踏み入れた。店内に入るとさらにパンの薫りが広がった。私は思わず少し鼻でその香ばしい香りを吸い、トングとトレーを手に取りパンを選び始めた。昨日は飲んでばかりだったので、お腹がかなり空いてしまっている。一通り見た後に玉子サンド、メロンパン、クロワッサン、シナモンロールを選びレジに並んだ。

「いらっしゃいませ。お持ち帰りですか?」

 お姉さんは量的に当然のようにテイクアウトを聞いてきたので、私は店内でと即答すると少し驚いていたが、すぐにお皿にパンを並べ始めた。

「お飲み物はこの中からでしたらモーニングで付けられます。」

「……あー、じゃあカフェモカで。」

「かしこまりました。」

 ブラックコーヒーを飲みたいとこだが、今の空腹の胃には辛いかなと思い、久しぶりにカフェモカにした。会計をした後、受け渡し口でドリンクを受け取り、2階に向かった。平日の朝方なので中年のおじさまばかりだったが、気にせず空いてる席に座った。私はそこで熱そうなカフェモカをふぅーっと冷ましながら一口飲んだ。温かさと優しい甘味が少し心を落ち着かせてくれた。コーヒーにハマる前は無類のココア好きだったので、カフェモカをたまに飲むと懐かしさを少し感じる。窓の外はだんだんと朝から昼よりの空になってきたなと思いながら、まずはクロワッサンだなと手に取り噛った。モグモグと食べ始めるとスマホに紫帆からの電話がきた。私は口の中のパンをそのままにしながら電話に出た。

「ふぁい、もひもひ。」

「綾音!大丈夫だったの?!……ってか、のんきに朝御飯食べてない?」

 そう言われて、私は飲み込んだ後に悪いですかと返答した。

「いや、悪いのはこっちなんだけどさ。マジ相手くそ野郎ばっかだったって聞いて本当に申し訳なかった。」

「それより紫帆、身体は?平気?」

「あんた達の話を聞いてたら吹っ飛んだよ。若干、声はがらがらだけど……ってか、どうやって助かったのよ?」

「……ノーコメント。」

「は、何。どっかの王子様が助けてくれた的な?」

「…………。」

「…………え、もしかして……。」

「それ以上は何も言わないで、悟って欲しい。」

 と、私は紫帆の言葉を遮った。私だってまさかあんなところで会うなんて思いもよらなかったんだから。

「……それで一緒に朝食を食べてんの?それってつまり…。」

「違うし、1人だし、それにたぶん想像してるようなことしてないから。」

 そう私が言うと、電話の向こうからなんだ~っと若干つまらなそうな感じに聞こえるように言ってきた。

「綾音さ~、やっぱ彼の事、、、好きでしょ?」

「っな、そんなことないよ!」

「いやいや、わざと距離とってるだけでしょ。確かにあっちは高校生だから色んなハードルあるけどさ、どれだけ御託を並べたって気持ちは変えらんないよ。いい加減、素直になったほうがいいって。」

「…………とりあえず、私、大丈夫なんで……お大事に!」

 電話の向こうで待ってよみたいな声が聞こえたが、私はそのまま電話を切ってまたパンを噛り始め、明るくなっていく空を見ながら咀嚼を続けた。何も考えないように次々とパンを頬張り続けた。


 ――――――――――――――――――

 それから数日経ったが、連絡がくると思っていた彼からは何もこなかった。水族館からのあの騒動じゃさすがに気持ちも冷めるというかむしろひいてしまうのも無理はない。でもくるかもと思っていたものがこないと、ソワソワしてた気持ちもどんどん下がってしまう。待ってたわけじゃないけど、今までの彼の行動パターンを考えると拍子抜けしてしまった。

「綾音ちゃん。」

「はい。マスター何ですか?」

 マスターに呼ばれたので、私は食器を拭くのを止めた。

「急なんだけどやっと了承を得られた珈琲農家さんのとこに明後日から行く事になって、だからそこから一週間は店閉めるからいつも出来ない大掃除とか機械のメンテナンスしてもらってもいいかな。」

「あ、分かりました。他にも何かあれば言ってください。」

「ありがとう。でも綾音ちゃん、この間から必死で我武者羅な感じあるから頑張りすぎないでよ。」

 そう言いながら、マスターはリラックスだよ~と手をぶらんぶらんさせた。私は素直にはーいと、苦笑いしながら答えた。するとマスターは何かを思い出したような顔をして、手をパチンと叩いた。

「……あ!そうだ、そうだ。綾音ちゃん。ここから電車で30分くらい先に新しい図書館できたの知ってる?」

「あー、知ってはいるんですけど行った事はないです。」

「僕のね、同業者かつ友人が言うには資料も沢山あるらしいよ。綾音ちゃん、今色々勉強してるから、行ってみたらいいよ。」

「へ~。ありがとうございます。マスターの友人が言うからにはスゴいんでしょうね。」

「しかもその図書館の下にカフェも作られてて、ご飯も美味しいみたいだから行ってみなよ。」

 マスターがニコニコしながらとても勧めるので、これはたぶん私に遠回しに気晴らしというか気分転換を促してくれてるに違いないと悟り、私は素直に返事をしながら頷いた。あの急な休み以来、マスターの砂糖のようなあまい優しさ濃度が濃くなってる気がする。もはや孫を心配する祖父に見えてしまう日もあったりなかったりする。でも資料や本が沢山あるのはとても興味深いので、今度の休みに行ってみようかなと思った。

 数日後マスターは予定通りに旅立って行った。私はというと言われた通りいつも出来ない細かな掃除を始めた。食器棚を一つ一つ、食器を下ろしては拭き、欠けていないかを注意しながら見ていき、テーブルや椅子の足の部分を綺麗に磨いた。昼過ぎにはメンテナンス業者も来るので、それまでにはできることをすすめようと急いだ。それ以外にも珈琲棚の棚卸しや整理、窓の網戸掃除などもくもくと作業に追われる日々を暫く続けていると、いつの間にか週末になり休みの日になった。それまでわりと天気が良かったのに、冬の嵐なのかそこそこの雨が降っていた。この雨の中行くのか否か悩ましいなと部屋の窓から外を覗いているとドアからコンコンとノックの音がした。

「綾音ちゃ~ん。洋服何か借りてもいい?何かいまいちピンとくる洋服無くてさ~。」

「あー、いいよ。でも雨強いのにでかけるの?」

「だって高校生の割引使えるのもあと数ヶ月だしさ、日々を大事にしないとね~。」

 そう言いながら綾女はふんふん鼻歌を歌いながら、洋服を選び出した。その鼻歌を聴いていると最近どこかで聞いた気がしたフレーズが耳に入ってきた。

「……綾女、その歌さ。有名なの?」

「え、この歌?なんか動画サイトで流れてるの聞いてたらハマっちゃってさ~。綾音ちゃん、よく知ってるね。音楽なんて全然聞かないじゃん。」

「まーね、マスターが知ってて勧められたんだよね。」

「…マスターが?綾音ちゃんに……?」

 私の言葉を聞いて綾女は手を止めてこちらに目をパチクリさせながら聞いてきた。

「……え、うん。」

 私は単純にイエスと答えると綾女は急に大きな声で笑い始めた。私は自分がそんな変なことを言っているつもりは無かったので、その爆笑している妹をポカンと見つめた。

「あはははっ!やっぱマスターってさすがだよね。だてに年取ってないよ……あははは。あ、それは失礼か。」

「いや、今のどこに爆笑する要素あったのよ。」

「綾音ちゃんもまだまだ頭が固いめんどくさい女ってことですよ……。女の子は素直が一番だからね!」

「……な、何急に。」

「いつか意味が分かるといいね、綾音ちゃん。」

 そう言うと、綾女は決まった服を手に取りニヤニヤしながら部屋を出ていった。

「何……あの顔…。憎たらしい……ってか、最近、みんな素直、素直って私、そんなにひねくれてるつもりないんだけど……。」

 私は独り言を呟くと、自分のベッドにダイブして手足をバタバタさせた。

 午後になるとさっきの雨が嘘かのように晴れてきたので、これなら行けるとパパっと準備をした。化粧も面倒だったのでキャップとマスクをすればいいかと思い、かなりラフな格好で出掛けることにした。しかし冬はメガネが曇りやすいのでさすがにコンタクトは着けることにした。朝食を食べてからにしようかなと思ったが、マスターが言っていたカフェを思い出したので空腹のまま行くことにした。外に出ると雨が降った後なのでさらに空気が冷たく感じた。私は早く電車に乗ろうと早足で駅に向かった。駅に着くとこの間のパン屋があったので、あまりの寒さにこの間と同じカフェモカを注文しテイクアウトした。温かいカップで暖をとりながら駅のホームで電車を待っていると、近くで高校生カップルがホカホカの肉まんを半分こしていた。しかし彼氏が割った肉まんの餡が左右でかなり量が違い、それを2人でケタケタ笑っていた。

「微笑ましいカップルだな……。」

 私は1人で微笑みながらボソッと呟いた。そのまま見ていると彼氏は餡がたっぷり入ったほうを彼女に手渡した。しかし彼女は横に首を降りながら、途中で閃いたのか彼氏に先に餡を一口食べなよと提案し、彼が分かったよと一口噛った。それを見た後、彼女は自分も食べ始め、2人で美味しそうに肩を寄せ合いながら食べていた。

「……私も彼氏がいたらできたかな……。」

 私はその一言を口から溢すと頭の中で彼の顔が浮かんだ。それをボーッとしながら考えていたことに途中で気付き、私は今考えてた事に自分で驚いたと同時に困惑した。私なんであのカップル見て、彼を思い出したんだ……。駅のホームでおろおろと取り乱していると、乗車する予定の電車が近づいてきたので、残りのカフェモカを飲み干してゴミ箱にカップを捨てた。

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