懐かしのミネラルウォーター
久しぶりに会う彼はさらに少し髪の毛が伸びていた。そして心配しながらも若干怒っているような顔でこちらをじーっと見ていたので目をそらした。
「……ありがとう……そのごめん……。」
「……何がですか?」
いつもの優しい口調とは違い、低めな声で私に聞いてきた。告白した相手に久しぶりに会ったと思ったら、男にホテルに連れ込まれそうになっているのだから呆れてるんだろう……。私は何から言い訳をしていいか分からず、ただ黙ってしまった。
「………あいつ、誰ですか?」
私がだんまりだったので、彼から質問をしてきた。私は答えづらいなと思いつつ、素直に返事をした。
「…………合コン、相手の、一人です。」
「ふーん……ああいう奴がタイプなんですか……?」
「…………。」
「………黙ってるなら全部イエスって、とらえますよ。」
いつもの彼からは想像できない強めな口調で言ってきたので私はビクッとした。
「…………違う。」
「………じゃあ、何でこんなとこにいるんですか……?」
「…………酔ってて……一緒に歩いてて……。」
「へー、……綾音さんって、酔ったら誰とでもこういうとこ来れるんですね……。」
「…………。」
私は自分が惨めになってきた中、きつめな一言が彼からくると思わなかったので少し泣きそうになった。
「……バイト終わりに歩いてたら、なんか酔っぱらいカップルがいるなって思って、それで見てたら男の腕を掴みながらヨタヨタ歩いてるから、もしかしてと思ったら案の定って感じで……。」
「………………。」
「……あんな奴には頼るのに、俺に頼れないのは、年下だからですか……?」
「………………。」
「……それとも学生だからですか……?」
「………………。」
「……………何か言ったらどうですか?大人ってずるいんですね……さっきから黙ってばっかで……。」
私は何も言えず涙が流れた。何を言っても言い訳にしかならないし、自暴自得の行動をとったのは自分だ。後輩ちゃん達も気にしてくれていたのだから頼るべきだった。何でも自分だけで何とかできることばかりじゃない。もんもんと自問自答を頭の中で繰り広げ始めていたら、急に雨がふりだしザーっとゲリラ豪雨で一気に強くなった。急な変化に私は上を見上げ戸惑っていると、ぐいっと彼に強く腕を掴まれた。すると彼はまさかの行動に出た。
「しゅ、純也君っ!待って、お願いだからっ!」
「……どうせ入ろうとしてたんでしょっ?」
さっきまで抵抗していた場所に彼は私を引っ張り始めた。
「…大人なんだから、詳しいんじゃないんですか?」
「っそ、そんなことない……てっ……手を離して、お願い。待って。」
彼は入るなりろくに見もせず、画面の中の一番上の部屋のパネルをタッチした。そして近くの取り出し口からキーカードがガチャンと出てきたのを彼が迷うこと無く手に取り、エレベーターに向かった。まだ酔いの覚めてない私は頭では抵抗しているが、身体はついていくしかないので引っ張られるままに歩いてしまった。エレベーターにカードキーをタッチすると階数ボタンが光ったので、彼がいきおいよく目的の階のボタンを押した。
「……ねぇ、純也君、らしくないよ……。」
「俺だって男なんですよ。」
「そういうことじゃなくて……。」
私の空しい抵抗も束の間、エレベーターが止まり、また彼に腕を引っ張られた。そしてカードキーと同じ数字の部屋の前に着いた。そのドアノブにカードキーをタッチするとガシャンとロック解除の音がした。そして彼は扉を開けて、中央のタブルベッドに私を押し倒した。彼は待つこと無く上着を脱いで私の上に股がった。
「……ねぇ、、本当にダメ……聞いて?」
「俺、今月で18歳になってるんで問題ないです。」
「……えっ。」
彼の発言に私が驚いた瞬間、彼の唇が私の口をキスでふさいだ。私はその行為に驚いてしまい、一瞬身体が強ばった。しかしこのままではいけないとすぐに顔を背けた。そして少しだけ彼をぐいーっと押し退けようと押し続けたが、相手は男子高校生。すぐにまた顔をそちらに向けられ2度目のキスをされた。彼はそのままキスをしながら私の上着を脱がし、ついに服の下に手がすーっと入ってきたので、その手を何とか押さえた。
「す、ストップ……本当に、待って……。」
「待てないです。」
そう言ってきた彼の顔は、今まで見たことが無い男の顔をしていた。苦しそうな、愛おしそうな顔で私を見ていた。その初めてみる表情にきゅっと胸が締め付けられた。私はそんな彼を見て、何を思ったのかとっさに彼の頭をギュッと胸元に力強く引き寄せて抱き締めた。私の行動が予想外で驚いたのか、彼の手がやっと止まった。
「……あの、それ、どいうつもりでやってるんですか……?」
「………………だ、抱き締めたくなったので……。」
私は自分でもなかなかに苦しい言い訳だなと思いながらも、彼の頭をそのまま抱き締めた。すると彼は鼻で私の匂いをクンクン嗅ぎ始めた。
「………………綾音さん、もしかして今日もあの香水つけてます?」
「え、うん。つけてるよ。」
彼は私の返答にそうですかと、なぜか残念そうに反応した。
「………………はぁ、、あんな奴に抱かれるくらいなら、俺に抱かさせて下さいよ……。」
「……………んっ。」
彼の手がするりと背中にきたので、私は思わず声が出てしまった。アルコールが入っているからか、ひとつひとつの行動に敏感になってしまっている。私が恥ずかしくなっているとその色気のある声を聞いた彼がまたピタリと止まった。
「…………その声、、、マジでヤバい。」
「……もう出さないもん。」
「…………はぁああ~。」
彼は盛大な溜め息をつくとやっと私の上からどいてくれた。そして私の横にうつぶせ寝になりながら急に静かになった。顔が私が寝てる側と反対に向いていたので表情は分からなかったが、耳が赤くなっているのだけは分かった。私もどうしていいか分からなかったので、しばらく黙って彼の方を見ていると急に顔をぐるっとこちらに向けて話し始めた。
「………………元気でした……?」
「……え。」
さっきまでの言動が嘘かのような、急な対応の違いに私は彼の顔をじっと見つめてしまった。
「…………そんなに見られるとまた理性が吹っ飛ぶんで止めてください……。」
と、彼は苦しそうに言うので、私はごめんと目線をそらした。
「……大体なんなんですか、急に合コンとか……今までそんなことする感じなかったのに……。」
「…っべ、別にたまたまです。」
「はぁ、またそうやってはぐらかすんですね……綾音さんってもっと素直な人だと思ってました。」
「はい?……喧嘩売ってる?」
「今日はとことんムカついたんで、忖度無しで話しますよ。」
そう言うと、彼はまた溜め息を一つ吐いた。やっぱりさっきは怒ってたのか。
「…………勝手にそっちがそう思っただけでしょっ。」
「それにもっと中身も大人だと思いました。」
「…ヴ。お、大人です。これでもちゃんと社会人歴8年目です。」
「……………さっきまで大人げないとこしか見てないですけど……?」
「……ぐっ。」
会話が続けば続くほど今日はいつもの彼と違って、まるで私が同級生のように二人で話している感覚になった。
「……バイトは何してるの……?」
「話題変えるんですね。」
「うるさい……で、何してるの?」
「カラオケの厨房でバイトしてます。兄が同じとこでやってて、人が足りないって言うんでその間だけですけどね。」
それから私達はホテルのベッドの上で、触れ合うことなくただ最近の出来事をお互いに話を続けた。
「へー、紅茶も奥が深いんですね。」
「そうなんだよ……って、マズイ!今、何時!」
私の質問に彼はさっき脱いだジャケットのポケットからスマホを取り出してこちらに画面を向けた。もうすぐ11時になろうとしていた。
「……っ!純也君、ご家族に連絡して帰ろう!」
「もう友人の家に泊まるって言ってあります。」
「嘘つかないで!だってスマホ触ってなかったじゃん。」
彼は呆れながらスマホをいじるとまた私に画面を向けた。その画面をよくよく見ると確かにそんな内容の文面を送っていた。しかも時間的に私があいつに捕まっていると思われる時間だった。
「………。」
「ね?嘘じゃないでしょ?」
「……でも。」
「今帰るほうがお互いに危ないんで泊まりましょ。」
そう言うと彼はベッドから起き上がり、近くにあったポットに水を入れてセットした。
「……綾音さん、明日は仕事無いんですか?」
「明日はお休み貰ってる。」
「そっすか、じゃあお風呂先にどうぞ。」
「え、お風呂!?」
私はさっきの続きをするのかと思い、自分の身体を自分で抱き締めた。その行動に紅茶のティーバッグを手に持ったまま彼はキョトンとしていた。
「…もしかして、続きを期待してますか。」
その彼の一言に私はぽかーんとした。ただ単純に彼はお風呂をすすめただけだったようだ。完全な自分の早とちりに私は恥ずかしさのあまり風呂場に走った。
「……いちいち、可愛いんだよなぁ、あの人……。」
――――――――――――――――――
私はお風呂のシャワーを浴びながら、色々とやらかしている自分を反省していた。
「あーもう。私は何をやってるんだ。これじゃあ、どっちが大人か分からないじゃん……。大体やっぱ合コンなんて向いてなかったんだよ…もう絶対に行かないって紫帆に断ろう…ってか大体真面目な人にしてって言ったのに…………。」
私がぶつくさ独り言を話していると突然扉のノックする音が聞こえた。それに私は警戒しながら身構えた。
「綾音さーん、タオルとかバスローブ、クローゼットにあったんで中に置いていいですかー?」
「お、お願いします。」
すると彼は失礼しますと言いながら扉を開け、洗面台に置いてすぐに去って行った。すぐに立ち去ったので私はほっと安心した。しかし少し経つとまたガチャっと音がしたので、扉のほうに目を向けた。すると今度は何故か入らず、少しの隙間から話しかけてきた。
「…………綾音さん、すみません。」
「な、何?」
「…一回黙っとこうと思ったんですけど、後から気付いたら嫌なんで先に言っていいですか……?」
「…どうぞ。」
「……たぶん、その風呂のガラス、今、中の人は分からないように外から見えるようになってます。」
「…………。」
「すみません。すぐに目はそらしました……じゃあ、ゆっくりしてください。」
そう言うと彼はがちゃりと扉を閉めた。私は彼の言葉に始めは理解が追い付かなかったが、だんだんと理解が追い付き、とっさに湯桶に水をはった。そしてそれを手に取り頭から一気にばしゃーんと浴びた。
その後少し冷静になってから身体を拭いてバスローブに腕を通し、ゆっくりとまた部屋の中に戻った。彼はベッドの上で寝転びながらスマホをいじっていたが、私に気付くとこちらに顔を向けた。とっさに目をそらすとさっきまでベッドに無造作に置かれていた上着が丁寧にハンガーにかけられていた。
「お先にいただきました……どうぞ。」
「あー、はい。じゃあ行ってきます。」
そう告げると彼はすぐに立ち上がり、真っ直ぐに風呂場に向かった。彼を見送り私も何か飲みたいなと冷蔵庫を開けるとあの日に飲んだミネラルウォーターが入っていた。あれからすでに数ヶ月経ったと思うと時の流れが早い。私はそれを懐かしいなと感じながら取り出し、一気に半分飲んでぷはーと息を吐いた。蓋を閉めてペットボトルをすぐ近くのテーブルに置き、部屋の中を改めて眺めた。彼には言わなかったが私も入るのは初めてだ。ここでする行為はさすがに経験済みだが、その行為の為の場所には行く機会がなかった。私は初めての場所に探求心が疼いてしまい、どうせ一人なので少し探索をしてみようとあちこち見始めた。枕元にはコンドームが数個置かれ、それぞれ種類が違うようだった。そしてベッド側には大人向けのおもちゃの自販機があった。そしてあえてなのだろうか壁だけでなく、天井にも鏡が付いていた。私はベッドにダイブして横になってみた。
「…なるほど、これで色んな角度から見るのを楽しむのか……。」
「……何してるんですか?」
私は夢中になりすぎて彼が風呂場から出てきてるのに気付かなかった。
「聞いてた……?」
「聞こえましたよ。一人で楽しそうですね。」
私はまた恥ずかしい所を見られたと思い、ベッドの布団に顔を押し付けた。
「……今日はずっと恥ずかしい…。」
私がそう言うと、彼はベッドに腰かけてクスクスと笑い始めた。
「また馬鹿にしてるでしょ……?」
「してませんよ。」
「嘘だ……。」
「してないですって、相変わらず可愛いなって思いました。」
彼はそう言いながら、私の後頭部を撫でてきた。ここに到着したばかりの彼とは違い、優しく触れられてるのが分かるような撫で方だった。
「…髪、切っちゃったんですね。」
「に、似合ってないとか言わないでよ。」
「俺がそんなこと言うと思います?」
彼はそう言うと撫でるのを止めた。ベッドのきしむ音とパタパタとスリッパで歩く音が聞こえたので、私はそちらをチラリと見ると冷蔵庫のミネラルウォーターを取り出して飲み始めた。子供っぽいとこもあるのに急に大人みたいな言動をしたりと彼のひとつひとつの行動に心が乱されてしまう。そんなことを考えながら彼を見つめていると、視線に気付いたのかペットボトルで顔を隠してきた。
「……そういう顔で見つめないで下さいよ……。」
「え、そういう顔……?」
彼は私が理解してない顔をしているのを確認すると、ペットボトルを置いてベッドの私に近付いてき、隣に寝転んで顎に肘をつきながらこちらを覗いてきた。
「綾音さん、誕生日プレゼント、貰ってもいいですか?」
「え、私、あげられるような物持ってな……。」
「もう一回だけ、キスしていいですか。」
「……っ!」
彼の発言に私はガバッと身体を起こして、彼から少し離れた。
「な、何言って……!」
「これで最後なんで……。」
「…………。」
彼は真剣な顔をしながら、私の手を握りしめた。私の心臓は痛いくらい脈を打っていた。さっきしてしまっている手前、もう断るのも今更な気もするけど……。私はあれこれ考えてしまい、イエスともノーとも答えられず黙るしかなかった。それを知ってか彼が手を握ったまま反対の手で頬に触れてきた。私は触れらた瞬間、とっさに彼の方を見た。するとあの時の男の表情をしながら顔をゆっくりと近付けてきたので、もう抵抗できないと諦めて目を閉じた。そして彼の優しい唇が触れたかと思いきや彼の舌が口の中に入ってきた。
「…………ぅんっ!」
私はさっきみたいな軽いキスだと思っていたので、驚いて後ろに引こうとしたが、彼の手がいつの間にか頬から首の後ろに回っていた。そのせいで彼からは離れられなかった。深いキスをされながら、私は薄目で彼を見ると必死な表情をしていた。その表情に私は愛おしさを感じてしまい、逆らうのをやめて私も彼の背中に手を回した。まるで相手との口付けを忘れないようにするかのように力強く、しばらく二人で口付けを交わし続けた。




