七杯目のウインナーコーヒー
思い立ったが吉日の私の行動は凄まじいスケジュールになっていた。まず珈琲以外も勉強しようと紅茶の知識も勉強してみることにした。紅茶の専門店に行って、香りを知ってみたり、味を知りたいのは買って家で試飲してみた。資料も欲しくなったが本を買うと膨大になるので、また図書館に行き始めた。なんとなく彼と初めて出会ったという図書館はさすがにやめて、数駅先の図書館に通った。あとは紫帆に誘われ、ヨガ教室も通うことにした。紫帆のような魅惑なボディには程遠い気がするが、精神的にもいいかなと始めたのだが意外とハマってしまい、わざわざCDも買ってしまった。ここ最近の休みの日は自分の部屋で早朝ヨガをやるのにハマっている。心身ともに今までの自分では考えられなくらいのアクティブさである。そして例の真信さんの息子さんとも食事に行った。しかしこちらは楽しく終わり、その後特に何の音沙汰もなく、始まりもせずに終わった。あの感じは父親に無理くり言われたんだろう。そんな忙しい日々を過ごしているとあっという間に11月に中旬になっていた。
「…綾音さんや、そろそろ計画しましょうよ?」
仕事終わりに紫帆と定番の焼き鳥屋で呑んでいると、酔っ払った友人が顔を赤くしながら言ってきた。
「……いいよ。」
「よっし!…じゃあ、綾音さんや再来週の日曜日にしますか?」
イシシと笑いながら誘ってくる友人の姿はどっかの親父に見えてきた。
「…ねぇ、お願いだから真面目な人にしてね?」
「おーい、私が変な集団と合コンするやつに見えるのかーい。」
「……だって先月やった合コンの人に持ち帰りされそうになったって言ったのどこの人ですか?」
「…………。」
「……おーい、聞こえてますか~?」
と、私がわざと耳元で言うと紫帆がうるさいと、手を払いのけた。
「っだいじょーぶ!…今回は可愛い後輩ちゃんの紹介で、なんと商社マンです!」
そう言いながら、何故か紫帆はこちらに向かい敬礼した。
「……えぇ、なんかチャラくない?」
「決めつけはよくないですぞっ!綾音殿!」
彼女は急にビシッと指を指してきた。明日が定休日で良かったと心から思った。
「…まぁ、期待しない程度にしときます……。」
「……おう、期待してくれたまえ!……あ、お兄ちゃんビール追加で~!」
「……再来週……不安が募るな…………。」
「……ん?綾音もおかわりかな?っお兄さーん!ビールもう一個追加で~!」
私はやれやれと思いながら新しいドリンクがくる前に残ったビールを飲み干した。
次の日の朝は予想通り二日酔いで死んでいた。頭痛と胃もたれを苦しみながらリビングに降りると平日なのにも関わらず綾女が遅めの朝食を食べていた。
「…綾音ちゃん、、、顔死んでるぅ…やだやだ荒んじゃって…。」
と、言いながら両手を振っていったので、うるさいぞ遅刻マンと言い返しながらソファに倒れた。
「…違いますぅ!今日は代休なだけですぅ!」
「……じゃあ、なんで制服?」
「彼とね、制服デートで行きたいところがあってさ。平日のが空いてるから今日にしたの!」
「……え、彼氏?」
まさかの返事に私が驚くと綾女は信じられないという顔で反論してきた。
「そうですけど、何か?ちなみに綾音ちゃんと違って、去年からずっと付き合ってますよ?」
「マジか。」
「マジ。」
妹の恋愛事情なんてどうでも良かったので、まぁまぁ長い付き合いの彼がいると急に言われて、先を越されたような気持ちになり少しショックを受けてしまった。
「……あ、そろそろ行かなきゃっ……じゃあ、綾音ちゃん食器洗いよろしくね。」
と言いながら、玄関に向かったのでコラッと背中に投げ掛けたが手を振りながら小走りで去ってしまった。全くいつまでも甘えん坊な妹で困る。私は頭の痛みを耐えながらキッチンに向かい、インスタントのしじみ汁を用意しながら、綾女の食器を片付けた。ポットのお湯が沸き、カップに注いでスプーンでかき混ぜながらダイニングテーブルでみそ汁をすすると、リビングテーブルに置いたスマホから着信音が鳴った。時間的に紫帆からの連絡な気がしたので、スマホを取りに行きチェックしてみた。案の定、昨日の呑みすぎた謝罪文と再来週の詳細がきた。私はついに決戦かという気持ちになり、ふぅと一息つきながらまたみそ汁をすすった。
――――――――――――――――
合コンの場所は紫帆の職場近くのワイン酒場だった。ワインを呑むのが久々すぎて若干酔いすぎないか不安だったが、セーブすればいいかと思いながら店に向かった。すると歩いている最中に紫帆から着信がきた。
「……もしもし?もうすぐ着くけど、何?」
そう電話にでると、あちらから咳をしている音が聞こえた。
「……え、もしかして……。」
「綾音、マジごめん。インフルになった……。」
「……えぇ、大丈夫?」
私が心配していると電話の向こうの相手は、咳き込みながら大丈夫大丈夫と、がらがら声で言われた。
「…あと代わりに別の後輩が行くからよろしくね…ケホ。」
「え!中止の連絡じゃないの!」
「……話しやすい子達だし、歳も近いから……じゃあ健闘を祈る。」
そう言うと、私のちょっと待っての一言を消し去るように電話が切られた。私は今の電話で夜道を進む足取りが重くなってしまった。しかしここまで来たからにはとんずらは出来ないので、仕方ないと店に向かった。店に着き予約席に向かうとさっき聞いた後輩ちゃん達2人が席で談笑していた。私がさらに近づくと初めましてと、会釈してくれたので、私も同じく初めましてと返した。男性陣にはもともと30分遅く時間を伝えてるらしく、しばらくは3人で軽い自己紹介と世間話をした。後輩ちゃん達は紫帆の職場のスタッフらしく、以前から私の話を聞いてたのでわりとすぐ打ち解けることができた。そのまま喋っていると時間通りに男性達が現れた。当然仕事終わりなので、全員コートにスーツにビジネスバッグだったので見た目は真面目そうに見えた。
「あ、お待たせしちゃってごめんね~。」
と、一人の男性が明るく言ってきた。見るからに30代中盤といったところか、後ろでペコペコしながら続く人達は20代で後輩のようだ。私は正直この時点でいきなりタメ口かと気が重くなったが、友人の後輩達の前で粗相は駄目だと気を引き締めて挨拶をした。
「初めまして。楽しく話してたので、大丈夫ですよ~。」
と、当たり障りのない感じに返した。するとさっきの明るく言ってきた男性がじゃあ、さっそく自己紹介しましょうと合コンを仕切り始めたので素直にその流れに身を任せた。自己紹介を聞いていくと、紹介してくれた後輩と3人の内のグレーのスーツの男性が同級生らしい。その隣の人は私と同い年でブルーのスーツを着ていた。3人とも同じ営業所の先輩、後輩らしい。私達もそのまま順々に自己紹介をしていくとグレースーツの彼があれっと言い始めた。
「紫帆さんは……?今日来るって聞いてたんですけど…。」
「あーー、実はインフルエンザになっちゃって……」
と、後輩ちゃんの1人が答えると、その彼がそうなんですかとあからさまに残念そうにしたので、たぶん紫帆を理由に開催された合コンだったのかと察した。
「…ま、とりあえず乾杯しましょう!」
と、仕切り役の彼が店員さんを呼んでくれた。ワイン酒場ではあるが後輩ちゃんの1人は下戸のようでソフトドリンクを頼むとさっきまでわりと静かにしてたブルースーツの男性がえっ、と言ってきた。
「いや~……一杯くらいは付き合わないの?せっかくのワインバルだよ?飲みなよ~。」
と、言ってきたので空気を読んだ後輩ちゃんはじゃあ、一杯だけとスパークリングワインを頼んだ。私は何となく全体的に色々な部分が気になり始めたが、心の中で平常心、平常心と何回か唱えた。しばらく呑みながら談笑をしていると、良い感じに酔いが回ってきたのかグレースーツの彼が席替えを提案してきた。そしてテーブルにあったペーパーにあみだくじを書き、席決めをした。すると私は仕切り役の人の隣になった。
「…綾音ちゃんはさ、趣味とかあるのぉ?」
なかなか呑んでるからか、話しか方がへべれけだ。
「…あー、最近は今日、参加できなかった友人とヨガに言ってますねぇ。」
「え、ヨガ!…女子力高いな~。綺麗だもんなぁ。」
いやいやと、謙遜しているとグレースーツの彼が紫帆の話題が出たからか話に入ってきた。
「紫帆さんってヨガやるんですねー。高校の時からマドンナ的な存在だったんで、さらに綺麗になってるんでしょうねー。」
そう言いながら、若干ニマニマし始めた。この子私達の事を眼中に無いのあからさますぎないかと、心の中で呟きながら苦笑いした。たぶん彼の隣の後輩ちゃんも同じことを思ったのか私と目が合い、二人で困りながら笑うしかなかった。そんな目配せをしているとまたしても仕切り役の男性が話し始めた。
「綾音ちゃんは喫茶店で働いてるから、結婚したら毎朝美味しい珈琲が飲めるから旦那さんは幸せだよねぇ!」
「えぇっと、そうですかね?」
「絶対にそうだよ!だって、話しやすいしさー。良いお嫁さんになるな、うんうん。」
彼は腕くみしながら唸り始めた。するとさっき目があった後輩ちゃんもとりあえずのっておこうと思ったのか、話にのってきた。
「綾音さんは、やっぱ珈琲はブラックしか基本的に飲まないんですか?私、苦いのが苦手でカフェラテばっかなんですよー。」
「そんなことないよ!私もカフェラテも飲むし…あ、あと苦いの苦手ならウインナーコーヒーおすすめだよ!」
『ウインナーコーヒー?』
と、近くの3人が口を揃えてはてはてとした顔をした。
「ブラックコーヒーにホイップクリームがのってるんですよ!ブラックもチャレンジしやすいし、苦かったらホイップクリームを食べたり混ぜたりすれば良いので…。」
『へー!』
急に3人は興味津々に聞き始めたので、私は自分の中に話題が作れるものがあって良かったとホッとした。
「…でもウインナーコーヒーってそんな定番にあるもんなんですか?」
と、グレースーツ彼が質問してきた。
「メニュー表にないとこが多いけど、ホイップクリームを扱ってればトッピングできると思います。」
「へー!そうなんですね。私でも飲めそうな気がしてきました。」
と、ブラック苦手な後輩ちゃんがニコニコとしながら今度頼んでみよーっと答えた。そして私は飲み物が終わったタイミングでトイレに行きたくなったので、お手洗いに行きますと一言声をかけてバックを手に持ち席を離れた。
お手洗いに着くと紫帆からどう?と連絡がきていたので、 正直にいまいちですと返した。紫帆には悪いが付き合いたくなるような人は今日はいなそうだなと思いながら化粧を直した。あまり長く離れると後輩ちゃん達が話疲れしそうなのでわりとすぐ戻ったのだが、私の席のところに仕切り役の彼が移動していた。状況的にたぶん彼は先程の彼女が気になっているようだった。まぁ、いいかと空いている席に座ろうとするとブルースーツの彼が、先程下戸だと言っていた後輩ちゃんに2杯目をすすめていた。私は大学生じゃないんだからと思いながら、席に座りメニュー表を彼からさっと取った。
「私が付き合うんで、その子にはソフトドリンクにさせてください。」
「…えー、まぁいいか。綾音ちゃんは何でもいけるの?」
「ワインは何でも…何なら2人でボトル開けますか?」
「おー、いいねぇ。そうこなくっちゃ。」
そう言いながら、彼は店員さんにおすすめのワインを聞き始めた。
「…綾音さん、す、すみません。ありがとうございます。」
と、下戸の後輩ちゃんが小声でペコペコしてきたので私は席も代わろうと声をかけてワインがくるのを待った。彼は人に酒をすすめるだけあってかなりの酒豪なのか、ワインが一本空いた段階でもけろっとしながら次の注文を頼んでいた。私も久しぶりのワインなのでゆっくり飲みたいのだが、その気持ちを知るよしもない相手はグラスの中身が減る度にどんどん注いでくる。だが私が飲まないとなるとさっきの子にまたちょっかいを出すかもしれないので、平然としたふりをしながら飲み続けた。しかしさすがにお開きの時には酔いが回り、少しふらふらしているのが自分でも分かった。
「じゃあ、明日も仕事だから、お開きにしましょう~。地下鉄組はこちらから帰りますよぉ~。」
と、言いながらグループ6人中の4人が地下鉄に向かい始めた。最悪なことに私にワインをすすめてきた彼と二人きりになってしまった。後輩ちゃん達は会計時に心配してくれていたが、大丈夫と答えた自分がやらかしたことに気付いた。
「綾音ちゃん、大丈夫?ほら、行くよ。」
そう言いながら、仕方なく彼の腕を借りながら歩いた。後半は彼と何を話したかあんまり覚えていない。今日はヒールにしなくて良かったと思いながら、ふらふらと地面を見ながら彼について歩いていた。ワインなんて沢山飲むものじゃないなと考えながらしばらく歩いていたが、だんだんと静かになっているような気がしてふと上を見上げた。
「……は?」
私はさっきまで駅に向かっていると思っていたのだが、そこは間違いなくホテル街だった。それに気付いた瞬間、私はバッと彼を押して離れた。
「…………もう、ここで大丈夫です。」
「いやいや、ふらふらだよ?帰れないでしょ?それに俺に気があるからワインも付き合ってくれたんでしょ?」
そう言いながら、彼は腕を掴んできた。
「……違います……。」
「でもどっちにしてもその状態で電車は無理でしょ?」
「……離して……下さい。」
「お互い大人なんだから、こういうこともあるって……。」
酔っているのもあり全然足に力が入らないので、走りたくても走れず、ただ掴まれた腕をどうにか振りほどけないかと模索したがびくともしない。私はまずいと焦り始めた。
「ちょっと休憩すればいいじゃん……ね、さっ、行こう。」
「っ!……い、嫌です。離し…………。」
すると急に相手の手が引き離されて、誰かがの自分前に立った。あまりの突然の出来事にその人の背中に鼻をぶつけた。
「……えっと……君、誰…………?」
「いつも姉がお世話になってます。一緒にいた方から帰りが遅くなりそうって言われたんで迎えにきました。」
私はその声を聞いた瞬間、その声の主が分かり自分の鼓動がどんどん加速していった。
「…………あ、へー。弟さん?あ、優しいね。ごめんね。お姉さん呑みすぎちゃったみたいでさー。介抱しようかなって……。」
スーツの彼はさっきまでの威勢は無くなり、苦しい言い訳を言い始めた。
「あ、そうなんですね……。ありがとうございます。じゃあ、俺が代わるんでぜひ帰ってください。お疲れ様です。」
と、若干怒り気味の声でそう伝えるとスーツの彼はお疲れ様でしたと小走りで去って行った。
「………………。」
私は気まず過ぎて、顔があげられず、こちらを向かれないように彼のジャケットをぐっと掴んだ。
「………………綾音さん……。」
「………………。」
「……気持ち悪いですか?」
彼は振り向かずに私に声をかけてきた。私の事をさん付けで呼ぶ男の子は一人しかいない。
「………………。」
「……そっち、向いて良いですか?」
「……ダメ。」
「…………さっきの人……彼氏ですか?」
「……っ!ちがっ……。」
私は全力で否定したいあまり、手を思わず離してしまった。それに気付き彼は手をすり抜けて、こちらを振り向いた……。そしてあの日と同じ白いタートルネックを着た彼、純也君が複雑そうな顔でこちらを見つめた。




