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運命の一本

作者: 佐和多 奏

「始め!!」

 おれと、海谷は立ち上がった。


 おれは、中学から剣道を始めた。

 小学校からやってきた人たちは、ずっと強かった。


 おれは、ずっと負け組だった。


 でも。


 おれは。


 強くなることだけを毎日考えていた。


 剣道で必要なこと。


 足のバネ。


 中学1年から昨日まで。毎日、階段ダッシュをしてバネを鍛え上げてきた。


「メエエエエエエエン!」


 海谷にガードされた。


 自分が何を意識するのか。

 右手に力が入っていると、中心から竹刀がずれてしまう。

 それを聞いた日からは、左手の片手素振りを何度もしてきた。

 何度もくじけそうになった。

 おれは、この日。

 この。

 高2の12月。

 全員が出られる個人戦。

 ここで、成績を残せば。

 総体予選の団体メンバーに、入れるかもしれない。


 高校剣道最後の大会。そこで、おれの力を。

 すべての力を。

 発揮したい。

 そのためは。


 この試合に。


 勝たなければ、ならない!!!

 おれはこの試合に、全てをかけている。


 


 笠井が、面を打ってきた。

 おれは、カウンターで小手を打ちに行く。

 笠井が急いでガードする。


 おれは、中学の時に大将だった。

 強かった。

 おれは、強い。

 剣道を始めて、何年が経ったんだろうか。

 でも。

 おれは。


 強豪校に入って、初めて。

 自分の、無力さを知った。

 団体戦のメンバーに、入っていなかった。

 

 だから、この試合。


 この試合で、勝たなければ。



 総体予選に。


 選ばれないかもしれない。



「やめ!延長、はじめ!」

 延長戦に入ったな。

 おれが。

 もし。

 総体予選のメンバーに選ばれなかったら。

 小学校から夢見ていた、インターハイの夢が。

 何度も何度も思い描いた、インターハイの夢が。

 崩れ去ってしまう。

 剣道の個人戦は、時間が来た後の延長戦はサドンデス。

 どちらかが、一本を取った時点で、試合は終了になる。


 笠井。

 聞いたことがなかった。

 今日まで。中学から始めたとチームメイトから聞いた。

 でも。

 なぜだろうか。

 攻められない。


 おれが極めてきたのは。

 先生に教わってきた、「正統派剣道」。

 面は中心を捉える。

 小手は真っ直ぐに。

 胴打ちは両手で打ち、抜ける時に左手を離す。

 竹刀は常に正中線。

 必ず、守ってきた。

 それなのに。

 やりづらい。


 どうやって攻めればいい。


 小学校から始めたおれが、なんでこいつと、笠井と、互角なんだよ。



 おれは。

 中学から剣道を始めた。

 だからこそ。

 どうやったら勝てるのか。

 小手は、体を斜めに向け、竹刀を回し、その過程で、相手の右手に、「触れさせる」。

 こうすることで、面を交わしながら、カウンターを狙える。

 胴は。

 右手と左手を離して持つ竹刀の持ち方を、打つ瞬間だけ、変える。

 右手と左手を、バットを持つかのように、くっつける。

 そして。

 相手の腰を、野球のボールのようなイメージで。

 横に、一気にぶった斬る。


 そして、面は。


 最短ルート。

 真っ直ぐではない。

 相手の手元まで、気配を感じさせないように竹刀を持っていき。

 そして。

 最後に少しだけ竹刀を上に上げ。

 そして、面に。

 少しだけ、触れさせる。

 そして踏み込みを強くし、打突感をカバーする。


 部活から帰ってからの素振りでは。

 目の前に、日本一のプレイヤーがいることをイメージしながらで。

 何度も何度も。

 自主練して。

 ほかの人の試合を見るときは。

 自分が試合をしているようなイメージトレーニングを何度もして。


 こなした試合数では負けるけれど。


 イメトレも含めたら。


 考えてきた回数なら。

 強いやつを、小学校からやってきた正統派剣道の奴らたちを研究し尽くしたおれの剣道なら!!

 

 海谷にだって、負けない!!!


「うおおおおおお!メエエエエエエエン!!」



 おれが、何度試合をこなしてきたと思っている。

 みんなが帰ってゲームをしているときも。

 おれはその時間に宿題をこなして。

 毎日、夜は道場で稽古だった。


 そんなおれが。


 中学から始めたような奴に。


 笠井に。


 負けるはずが、ないんだよ!!


 最短ルートを通る面!

 おれには見え見えなんだよ!!


 防がれた!?

「ドオオオオオッ」



 カウンターで胴打ちか。

 ギリギリだな。


 正統派剣道のお前なら。

 ワンテンポ、胴のカウンターが遅れる。

 ならば。

 竹刀を斜めに傾ければ。

 簡単に避けることができる。


 カシャーン、と、竹刀と竹刀がぶつかり合う音が、響いた。

 

 防いだ!?

 おれの、完璧な返し胴を!!


 海谷、甘いんだよ。



 そして。

 互いに構えた。


 瞬間。


 笠井の構えがが中心から崩れる。


 ふっ、所詮。・・・なっ!?


「ここだよ。残念。」


 笠井の竹刀は、海谷の小手に触れようとしている。


「ふざけんなああ!!」

 海谷は一気に間合いを詰め、難を逃れた。


 10分。


 20分。


 時間が経過していく。


 

 おれが。

 この、強いおれが。

 中学から始めた笠井に。負けるはずが・・・。

 一瞬。


 手が。


 上がらな・・・。


 あれ?

 なかったはずの、笠井の竹刀が。

 もう、目の前に・・・。

  

「メエエエエエエエエエエエエエエンンン!!!!!」

「面アリィィィィィィッ!!」


 正統派剣道は自分の技を信じ込んでいる。

 だからこそ。

 長期戦に持ち込めば。

 スタミナを消費する。

 おれはあえてやりづらい剣道をし。

 そして。

 おれの。

 最強の面で。


 仕留めるんだ。


 階段ダッシュ。

 イメージトレーニング。

 自主練。


 あの時間は。





 無駄じゃ。

 なかったんだ。



 運命の、一本は。



 おれの手に。



「勝負アリイイイイ!!」



 中学から始めて。

 ここまで仕上げる。

 どれだけの、努力と。

 思考力。

 忍耐力を。

 こいつは。

 笠井は。




 いいさ。

 まだ、総体予選に出られないって確定したわけじゃない。


 次は必ず、倒して見せる。


 待ってろ。



 2人は、礼をした。



 面の中で、お互いを、にらみ合いながら。

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