2022年3月14日(月)天城大智
3月14日、天城は朝早くに起きた。午前6時。鳴る前のアラームを止めて、顔を洗う。
「大智、今日はやけに起きるの早いじゃない?」
天城の母はまだ寝間着姿だった。普段の起床時間であれば母は朝食をつくっているので寝間着姿の母を早朝に見るのは何だか新鮮だった。
「うーん、なんか寝るのもダルいなって思っちゃったんだよね」
「そうなんだ。まあ早起きはいいことよ。お弁当もちゃっちゃと作っちゃうね」
「ありがと」
本当はもっとしっかり眠っておきたかった。頭を働かせて、万全な状態で小林と対峙したかった。相手は爆弾を投げ込んでくる可能性もあるからだ。
テレビをつけると早朝からニュース番組が流れていた。この人たちはいったい何時に起きてるんだろうと、どうでもいいことを天城は眠たい頭で考える。
ニュース番組では春風高校の話が触れられる。土曜日に投稿された犯行予告動画のうち、「3月14日」という言葉がピックアップされる。つまり今日の日付だ。
犯行のあった道頓堀や通っていた学校も含めて警察官が巡回して警備を強化している。小林雄二の発見はもちろん、不審なものはないかゴミ箱なども確認している。
それでも小林雄二本人も怪しい物も何も出てこないあたりが不穏でしかなかった。小林は一体どこで何をしている?
「マスコミとかどんな感じ?」
弁当を作っている母が聞く。
「校門の前でずっと立ってる。大変そうというか、暇そうというか、俺はああいう仕事したくないなって思っちゃうよ」
「マスコミとか東大とか京大ぐらいの頭がないとなれないでしょ」
「そうなんだ」
天城はそれ以上、その話をしなかった。興味のない話題だったし、テレビも別の話題をしはじめた。
ツイッターを開くとトレンドに「テロ」の二文字があった。「小林雄二」「高校生」「テロリスト」「高校一年」と多くの関連ワードがあがってきていた。自分の興味を引くトレンドをあえて表示しているだけではない勢いが万単位のツイートの件数から察せられた。
『高校生が爆弾テロってなると、日本で初?』
『製造ぐらいならありそうだが、テロ実行は初なのかな。物騒な世の中だわ』
『春風高校いって小林捕まえてこようかな』
『春風高校に小林いたら、もう捕まってるでしょ……』
学校の周りには野次馬、ユーチューバーまでやってきているのだろうか。ユーチューバーのなかには小林の家にやってきて動画を撮るような人間までいた。そういう奴らは無視しながら学校に行かなければと天城は思う。
制服を着て家から出る。
午前6時半。早い朝であっても、誰かは車を運転し、スーツ姿のサラリーマンはどこかへ向かって歩いている。新鮮な光景でもあったし、何より少しでも体を温めてくれる朝日が心地よかった。
小林雄二もこの朝日を浴びれば犯行なんてやめてくれるんじゃないかと天城は考えてしまうが、そんな現実はないと認めなければいけなかった。
「おはよ……」
「眠そうだな、美月」
「そっちこそー」
まぶたが重く閉じかけている美月がやってきた。
「テスト明けの授業ってめっちゃダルいけど、とりあえず寝ないよう頑張ろう」
「美月もあんまり寝てないのか」
「寝れるわけないじゃん、こんなの。小林くんに会ったら文句言いたい」
「俺も。謝ることがいっぱいだとか思ってはいるけど、怒ることもいっぱいだ。学校でバッタリ出会ったら一緒に言おう」
「うん」
美月が明るく振るまっている。しかし内心は恐怖でいっぱいなのだろう。美月は寝不足で恐怖が麻痺するような人間じゃない。それは天城がよく知っていた。
二人で春風高校の校門にたどりつくと、人数は少ないものの野次馬たちがいた。自撮り棒をつけたスマホカメラを持っている人もいる。
幸い、天城たちにカメラは向いていない。一応の節度はあるようだ。
野次馬たちとはあえて顔を合わせず、横切って学校の敷地内へと入っていく。野次馬たちも学校の敷地内までは追いかけることができない。
「有名なユーチューバーとか来るのかな?」
上履きに履き替えながら天城が言う。
「関東ならまだしも、関西までは来ないんじゃない?」
「そういうもんか」
1年B組が使っていそうな上履き入れをとりあえず十人分開けてみる。怪しいものは一切ない。
「いざ学校に来てみると、仕掛けられそうな場所ばかりだな。ゴミ箱とかトイレとか。キリがない」
まだ焦るときじゃないが、いくらでも仕掛けられそうな雰囲気に天城は途方に暮れそうになる。
「1年B組に関わるところ中心にとりあえず見よう。教室はもちろん、黒板消しクリーナーのなかとか」
「クリーナーのなかか。考えてなかったな。賢いぞ、美月」
「えへへ、今日ぐらいは賢くならなきゃ」
「普段から賢く生きろよ」
「大智に言われたくない」
「俺のほうが点数いつも高いだろ」
どうでもいい会話が気分を紛らわせてくれる。そうしている間に学校の校舎二階、1年B組の教室へたどり着いた。
静かに扉を開ける。教室には誰もいない。教卓に変なものが置かれていることもなかった。
天城たちは手分けして机のなか、椅子の裏側などを見る。一人一人、教科書が入れっぱなしであれば全部出してちゃんとなかを覗いた。
「あったか?」
天城の言葉に美月は首を横に振る。
「やっぱりない。怪しいもの全然ない」
天城は黒板消しのクリーナーのフタをあける。やはり何もなかった。ただチョークの粉だけが少し固まっていただけだった。
朝に仕掛けたとしても、見つけられては意味がない。天城のようにあえて探さなくてもたまたま見つけてしまう可能性も小林は考えたのだろうか。とにかく見当たらない。
「やっぱり授業終了とともに来るのかな、小林くん」
「どうなんだろうな」
来なければ別の場所が本当の標的ということになる。
そうなったとき小林がどこにいて、何をしようとしているのか、より分からなくなる。天城はそれも恐いと感じていた。
やがて1年B組の教室に生徒が集まりはじめる。
みんな「おはよー」と素知らぬ顔でやってくるが、クラスメイトの小林が何かしようとしていることは知っているだろう。逆にここまで話題になって知らない奴のほうがおかしい状況だ。
「小林は来てないよなー」
「来てたらヤバすぎでしょ。サイコパスすぎる」
クラスの誰が言ったのかは分からなかったが、そういう冗談も天城の耳には入ってきた。
始業時間が迫ってもなお空席は目立って多かった。
これまでテスト後の授業がダルくても欠席する人はほとんどいなかった。それが今日になると五人も休んでいる。それに加えて伊藤、渡辺、小林はいないので教室の空席は計八人分もあった。
たまに教室を飛び交う冗談も含め、小林が学校で何かしでかすと考えている人は天城や美月のほかにも多くいた。自身の机のなかを探って「大丈夫そう」と声に出し、わざわざ確認する人もちらほらといる。
『今からとりあえず俺と美月で教室の外を見回ること。小林がいたらすぐ知らせること。一人で捕まえることは絶対しないこと』
天城がそうラインを送ると『了解』とだけ美月は返してきた。絵文字はなし。ここからは真剣だということが文面だけでも伝わってくる。
「先生、ちょっと腹痛いんで、トイレ行ってきてもいいですか?」
放課後になる二十分前。
天城はスマホだけポケットに入れて教室を出た。早すぎた気もしたが、備えるにこしたことはないと考える。
誰もいない校舎二階の廊下は静かだ。響く声は閉じ切った扉から聞こえるものだけで、廊下で誰かが喋っている声は聞こえない。足音は天城のものだけが響く。
二階の廊下には誰もいない。
男子トイレの個室は全部開いていて、誰もいない。
二年生が授業を受けている三階の廊下も見るが、そこも二階と同じ光景しか広がっていなかった。
職員室のある一階へそっと降りる。ここで先生に会うわけにはいかなかったので、少し歩き周囲を見渡して、再び階段のそばまで戻るということを繰り返した。一階もすべて見ておきたかったが、小林が見つかりやすいところにいるとは思えなかった。
『教室出て探してるけど小林くん、いない』
美月からラインが送られてきた。
『こっちもいない』
校舎から少し出てグラウンドを見渡す。怪しい人影はやはり見えない。グラウンドにいるのは体育の授業を受けている生徒たちだ。
授業がおわる五分前、1年B組の教室前の廊下に天城と美月は戻ってきた。周りには二人以外に誰もいない。
「小林くん、いないね」
「狙いは学校じゃなかったのかも」
二人はその場で考える。
放課後とはいえ、日が落ちて夕方にはなっていない。小林の予告時間は夕方から夜にかけてだった。
ただ人がかなり減った時間を狙うことはもっと考えにくい。動画で人を巻き込むつもりでいる人間が、人の少ない時間帯を狙うと天城には思えなかった。
「じゃあ小林くんの狙っている場所って道頓堀?」
美月の顔にも焦りが見える。
「今まさに学校にやってくる可能性も捨てきれない。でも、道頓堀だろうな」
だとすれば時間がない。電車を使って三十分以上はかかる距離だ。
ただ、道頓堀は警備が強化されている。警察は上手く探し出せばすべて解決する。
もしくは同じように止めたいと考えている人間が現れて止めることでも解決する。
天城はふと、動画で見た小林の言葉を思い出した。
『誰かに任せまくって、誰も動かないという滑稽な姿をちょっと見てみたい気もしますが』
そうならないことを祈りたい。
だが、まだ自分も諦めたくはない。




