2022年2月19日(土)??? ※撮影の動画
ネットにあがっている動画には、テーブル席の椅子に座る男が映っている。
男の細身の体格や頬のツヤ、まだ丸みのある顔つきから子ども、特に中高生に見える。加えて目が隠れるほど伸びた前髪がすべて金色に染め上げられている痛々しさも中高生の少年らしい若さを際立たせていた。
金髪の彼は口角をあげ、不敵な笑みを浮かべながらカウンターを見る。
映像からはカウンターの上部に『しおラーメン』『とんこつラーメン』という手書きの文字が見えるため、この場所がラーメン屋であることがわかる。また、彼の視線がカウンターの先にいるラーメンの店主を捉えていることは、店主が動画に映らなくても明らかだった。
「とんこつラーメン、三つください!」
金髪の少年とはちがう男の声が聞こえた。その声がどんな環境音より大きく聞こえるあたり、動画を撮っている人間の声だと容易に推測ができる。その声も金髪の少年と同じく、声変わり直後の少年の声だった。ただ、この動画には指先すら映らない。
「この前の道頓堀の動画、見たか? ホームレス襲撃してるやつ」
「見たがあれはホームレスだったか? キモいオタクだった気がする」
「どっちでもいいってそんなこと。人権ないことに変わりないだろ」
「オタクくんにも人権ないとか笑えるな」
カメラに映らない少年たちの会話は二人分聞こえる。
映るのは会話に入らず、不敵な笑みを浮かべ続けている金髪の少年だけだ。
二人の笑い声が絶えないなか、とんこつラーメンが三人分と、皿いっぱいのキムチが運ばれてきた。
「あっつ」
「旨くはないな」
相変わらず喋っている若い少年たちの姿は映らない。
ただ映像は角度をかえて金髪の少年を下から映すようになった。映像を撮っているスマホがテーブルに置かれたようなカメラアングルだ。
「なあ、このラーメンまずいよな?」
画面外にいる少年の一人が言った。
「ああ、うーん、まずいね」
金髪の少年がようやく喋った。不敵な笑みはそのままだ。
「反応うすっ! てかスペシャルトッピングしよーぜ?」
「そうだな」
金髪の少年は箸を置き、手のひらをカメラに見せつける。そして大きく開いた手のひらの親指だけ曲げ、手を閉じた。
「その動き、気になってたんだけど、なに?」
問いかけに金髪の少年は「ははっ」と笑いながら言った。
「え、いや、準備体操みたいな?」
「聞いたことねー。まあいいや、早くこのまずいラーメン旨くしようぜ」
「あ、うん」
金髪の少年の手が調味料の置き場へ行く。
餃子のたれ、ラー油、こしょう、酢などの瓶を一つ一つラーメンのそばまで運ぶ。
カメラはここで金髪の少年と、彼の目の前にあるラーメンが見えるようカメラアングルを変えた。
こしょう入れのフタは金髪の少年によって取り除かれる。なかに入っていたこしょうはすべてラーメンのなかへと注ぎ込まれた。ラーメンと大量のこしょうは混ざり合い一気にスープは黒く染まった。
「うおー、いいねーじゃんじゃんいこう」
画面外の少年が金髪の少年をはやしたてる。
金髪の少年は「へへへ」と声に出して笑いながら調味料を次々とラーメンのなかに入れていった。
躊躇なく一気に入れていくので、調味料の入れ物のなかはどれもカラになっていく。最後に入れたラー油にいたっては入れ物ごとラーメンのなかへと入れていた。
「入れ物も食うのかよ」
「さすがにそれはないよ」
金髪の少年はラーメンに手を入れ、指先に汁をつけながら入れ物を取り出し、汁の垂れたラー油入れを調味料置き場に戻した。
金髪の少年はカウンターに視線をチラッとだけ送る。カメラには映らないラーメン屋の店主のことを意識しているのだろう。
「キムチ入れてやるよ」
画面外から手がのび、皿にのっていたキムチが映し出される。キムチはそのまま気味の悪い色合いになっていたとんこつラーメンのなかへと入っていった。
「僕はキムチ苦手なんだってば」
金髪の少年は笑いながら言った。
そして箸を握りしめ、突然キムチに箸の先を勢いよく刺し続けた。
「なにしてるんだよ、こわいわ。キムチに恨みでもあるのか?」
「恨みか、まあ色々とね」
ラーメンの汁はキムチが刺されるたびに波立った。
「意味わかんねえな。でもここまでトッピングしたんだし、もう旨くなっただろ?」
ラーメンに入ったキムチを刺し続けたことで、ラーメンのなかはぐちゃぐちゃになっていた。もはやラーメンかどうか一目では判別つけられない有様だ。
「じゃあいただきます」
金髪の少年のその食べ方は、普通のラーメンの食べ方とは異なっていた。牛丼の皿を片手で持ち上げ、箸で口のなかへとかっこむ姿勢に近い。
「あ、やばいな」
画面外の少年が小さな声で言った。
「ああ、店のやつ、電話かけてるな。ただどこにかけようが俺たちは客だろ。金を払えばなんだっていいだろ」
そう言いながらも映像は荒ぶる。画面外にいた少年たちはいつの間にかラーメンを食べきっていたようで、すでになかはカラになっていた。
「じゃあ会計、あとはよろしく」
画面外の少年たちの腕だけが画面に映る。カメラを手に取ったのだ。手にはそれぞれ千円札が握りつぶされていた。しわしわになった千円札を金髪の少年はラーメンを食べながら受け取った。
カメラが急にブレ、金髪の少年が遠ざかる。「ごちそうさまでしたー」と言い切るころには店外に出ていた。電柱が意味もなくアップで映る。
走る足音と息切れと笑い声が聞こえる。画面外の少年たちは相変わらず全身を映さず、二人の姿は脚や腕以外映らない。
少し走った彼らは振り返る。カメラも振り返り店の外を映し出す。『ラーメン龍緬亭』の看板の文字は小さく見えている。
そのラーメン屋の扉から勢いよく二人の人間が出てきた。
金髪の少年と白いエプロンを着た店主だ。
店主は「おい」と声をかけながら追いかけるが、追いつかない。金髪の少年はカメラが上手くとらえられないほど早かった。ラーメン屋の店主も追いかけることをすぐに諦め、息苦しそうに背を丸めていた。
「やっぱあいつ、走るの早いなー」
画面外の少年の呑気な声がする。
一部先日の事件と同じシーンがありますが、こちらは一週間前に書いてます。訂正する予定はないため、そのままとしました。