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「起立、礼ーーー」


日直の号令で授業が終わると、生徒たちは少しの解放感と共に帰り支度を始める。


「6限目の数学は辛すぎ・・・。疲れた・・・。」


前の席に座っている明るい茶髪の男子生徒は、椅子を後ろに倒しながら、げっそりした顔で腕をだらんと脱力させて話しかけてきた。


「そうだね。しかもうちのクラスはヨシケンが担当だからなぁ。」


話しかけられた少年、中桐 紅(なかぎり こう)は、苦笑しながら同意した。


紅たちの通う西南(せいなん)高校は、北海道の中ではレベルの高い進学校で、授業スピードはかなり早い。加えて、数学担当の「ヨシケン」こと吉田 健二(よしだ けんじ)先生は、初老ながら熊のように大きな体格で、厳しい先生として知られている。居眠りなど許されるはずもなく、また生徒を指して答えさせる授業スタイルも相まって、6限目という一日で一番疲れている最後の時限まで、生徒たちは気を引き締めなければならないのだ。


「木曜日はいつも辛いな・・・。その分金曜日に解放感が生まれるけど。」

「そうだね。明日は5,6限目体育だしね。あ、そういえば明日の体育から、選択種目でバスケ選べるらしいよ。拓海の独壇場じゃん。」

「お、まじ?よっしゃ!」


爽やかな笑顔を浮かべ、望月 拓海(もちづき たくみ)は勢いよく立ち上がった。拓海は175cmとバスケ選手としては大きくない身長ながら、卓越した瞬発力とシュートセンスで、1年生ながら入部2ヶ月でベンチ入りまで果たすほどの腕前だ。容姿はそこそこ整っていて、性格も明るいムードメーカーでありいわゆる「陽キャ」の一人である。一見軽薄そうな印象だが、芯はしっかりしているため、少なからず女子からは人気を集めているようだ。


「紅は今日もバイトか?」

「うん。ちょっと時間あるから、大通り公園の本屋にでも寄ってから行こうかなって思ってる。」

「最近バイト入れすぎじゃね?無理すんなよ。」

「ありがと。拓海も部活頑張って。」


拓海は大き目のスポーツバッグに教科書を詰め、「じゃーなー」と言いながら教室でて、廊下でまっていた隣のクラスのバスケ部員と、体育館へと向かっていく。


紅もナイロン製の黒いスクールバッグに授業道具をしまい、帰り支度を始めた。すると後ろから、


「紅、グラボ入荷した?」


と抑揚のない声で話しかけられた。振り返ると、後ろに背の小さい無表情な少年が立っている。


「ん?いや、まだ品薄は続いてるみたいだからなんとも。今日バイトだから、店長に聞いてみるよ。」

「そっかぁ。早く新しいのに変えたいんだけどなぁ。」

「お前、先々週も新しいマザーボード買ったって言ってなかったか。PCパーツは安くないのに、どこから生まれてるんだその金は。」

「うちの親からは無利子・無担保・無審査でローンが組めるからね。」

「大丈夫それ、悪徳金融の謳い文句じゃん。というか、一応親も返済はさせるんだ?!」

「それは賞金とか広告収益とかで一括返済だよ。」

「そら流石っすね・・・。」


この少年、金森 翔(かなもり しょう)は知る人ぞ知るスーパーゲーマーで、数々の大会で優勝を総なめにしている。ジャンルは問わず、シューティング、格闘、レース、パズルなんでもござれで、動画配信サイトでゲーム実況すれば、その神業プレイを拝みたいと同接数万人は集まる人気配信者でもある。背は小さいが、美少年と言っていい顔立ちで、お姉様方の人気は非常に高い。ただ本人はあまり他人に興味がなく、いつも無表情で感情を表に出さないので、友達付き合いが多い方ではないようだ。


紅は高校に入ってからPCショップでバイトしており、翔がゲーミングPCのパーツを買いにきた時に案内して以来、よく話すようになった。


「そういえば、来週「EE XVI」の新しいパッチリリース日だよね?紅は今回レイド戦挑む?」

「そのつもり。あー装備そろえなきゃ・・・。」

「ゲーム内通貨ばっかりは無担保ローン組めないからね。」

「やだよ闇金にお金借りるゲーム。」


『EE XVI』は今世界で一番人気のMMO RPGで、翔は世界ランク3位になったこともある。紅も翔ほどではないがプレイしていたりする。


「じゃ、今日僕ちょっと部活顔出してから帰るから。」

「ああ、ゲーム部か。またな。」

「ん。」


翔はのんびりとした歩調で教室を出ていった。翔はゲーム部員ではあるが、高校生の部活の大会に出ると無双してしまうため、ゲーム部の先輩たちに指導する立場で参加しているらしい。もはや存在がチートである。


紅も数人のクラスメイトに軽い挨拶をしながら廊下に出て、玄関に向かった。今日は小雨が降っており、ひんやりとして湿度の高い空気だった。


「折り畳み傘持ってきといてよかったな。」


紅はそんなことを思いながら靴を履き替え、校舎を出て傘を開いた。すると、玄関の扉の前に、少し困った顔の少女がスマホを見ながら立っているのに気がついた。背中まで伸びたフワフワとしたパーマのかかった赤毛、薄い青色の瞳のクリッとした大きな目、白くシミ一つない綺麗な肌、可愛らしく優しい印象を与える顔、身長はかなり小さめだが非常に豊かな胸を有しており、入学から2ヶ月ですでに男子から絶大な人気を誇っている、漫画やアニメから飛び出してきたかのようなその少女は、玄関を出てきた紅を見つけると、にぱっとひまわりが咲いたような笑顔を浮かべ、とてとて近寄ってきた。


「紅くんっ!今お帰りですかっ?」

「っ?!」


紅は声にならない声をあげながら、なにこの可愛い生物・・・!と心の中で叫ぶ。この非常に可愛らしい少女、北条 真冬(ほうじょう まふゆ)は柔らかく可愛らしい声で紅に話しかけてきた。


「そ、そのつもり。今日はバイトだから直帰ではないけど。」

「そうなんですね。私も今日は部活がないので、そのまま帰ろうと思っています。」

「そっか。・・・でもなんか困った顔してたけど、何かあった?」

「あぁ、あの、えーと・・・。今日傘忘れてしまって・・・。小雨ですし、バス停まで走ろうと思ったんですけど、あそこのバス停屋根がないので、到着時間ギリギリに着くようにしたいなと思って、バスの時刻表を調べてたんです。」

「なるほど。なら、今日バスで大通り公園の方まで行く予定だから、一緒にバス停まで行かない?俺、傘持ってるし。」

「えっ?!良いのですか・・・?!ですが、あの・・・その・・・。」


真冬は驚いて声を上げたが、何かに気づいたらしく途端に顔を真っ赤にしてモジモジし始めた。だが、「ん〜!」と少しの時間悩んだ後、勢いよくお辞儀をして、


「では、お願いしますっ。」


と言って紅の傘にぴょんと入ってきた。


紅は、真冬が何を悩んでいたのかわからなかったが、触れそうな距離で未だにモジモジしている真冬を見て「あ、」と合点がいって、声をかけた。


「ごめん、高校生にもなって男女で相合傘は嫌だったか。」

「いえっ!嫌ではないのです・・・!少し恥ずかしいだけで・・・。」

「そうだよね。ごめん、ちょっとデリカシーなかったかも。」

「謝らないでくださいっ・・・!本当に助かってますし、むしろ嬉しいというか・・・。」


真冬はパタパタと顔を仰ぎながら、モニョモニョ何かを言っている。

バス停は正門を出てすぐ近くだが、バスはまだ来ていないようで、帰宅部であろう何人かの学生が、傘をさしているので互いに距離をあけながら、数人並んでいた。紅たちも列の最後尾に並んだ。


「真冬は、札幌に慣れた?」

「そうですね。まだ地下鉄とかはあまり使っていないので迷ってしまいますが、学生生活の範囲内では問題ないです。叔父さんも叔母さんも優しいですし、クラスメイトにも仲良くしていただいています。」

「そっか、よかった。何か困ったことがあったら、いつでも頼って良いからね。」

「・・・!はいっ!ありがとうございます!」


真冬はパッと笑顔になって、明るい声で紅に感謝した。

「可愛っ・・・!」と心の中で叫び、真冬のためなら何でもしてあげようという気持ちになった。


真冬は、帯広市(おびひろし)という道東の地方都市から、札幌に引っ越してきたばかりである。真冬の実家である北条家は、帯広にある大病院を代々経営しており、真冬の父はそこの院長をしている。真冬もそんな父に小さな頃から憧れていて、医者を目指している。そのため、北海道大学の医学部への合格実績も良い西南高校に進学するため、札幌に住む親戚の家に引っ越してきたのだ。


「真冬のお父さん、よく引っ越し許してくれたよな。」

「あはは、まあ一人暮らしをする訳ではないですし・・・。でもどっちかっていうとお母様を説得する方が大変でした。」

「へぇ、意外。すごい穏やかそうなお母さんって印象だったけど。」

「そうですね、穏やかで優しい母だと思います。でも、子供ながらに少々過保護だなと思うところもありまして・・・。」


紅は、幼少期に何度か出会った、真冬の母を思い返した。真冬の母は日本人とオーストリア人のハーフで、真冬同様、綺麗な赤毛と端正な顔立ちを持つとても美人な人だった。帯広にそんな人は少ないので、近所でもとても目立っていたと、母から聞いたことがある。


紅の家はいわゆる転勤族で、父が道内の地方銀行員であったことから、今まで紅は何度か転校を繰り返している。帯広で生まれ育ち、小学生に上がるタイミングで札幌へ転校、小学四年生の時に函館に転校して、中学二年生になってまた札幌に戻ってきた。真冬とは、帯広に住んでいた時に同じ幼稚園に通っており、また紅の父は、北条家の病院の取引担当者であり、真冬の父と非常に馬があったようで、家族ぐるみで何度か食事をしたこともあった。


「でもこちらに紅くんがいることを知って、お母様も本当に安心しておりました。もちろん、その、私もまた紅くんに会えて本当に嬉しかったです・・・。」


また顔を真っ赤にして、真冬はもにょもにょ呟いている。その愛らしさに思わず撫でそうになる右手を必死に抑え、紅は心の中で悶絶した。

そうこうしているうちに、バスが数個先の交差点で停車しているのが見えてきた。


「あ、私のバス来そうです。あの、今日は本当にありがとうございました。」


少しだけ残念そうな顔を浮かべながら真冬がペコっと頭を下げ、感謝を述べた。

「あれ、真冬も『西20』バスなんだ。俺もそれでバイト先までいくつもりだから、途中まで一緒だよ。」

「本当ですかっ?」


顔を上げた真冬は、また嬉しそうな笑顔を浮かべていた。ついに、紅は悶死した。




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