小峠澄とオーパーツ
小峠澄が〇〇村の庄屋屋敷を訪れたのは、月が顔を見せ始めた頃だった。
始まりは噂話だった。
庄屋屋敷の屋根裏から発見された本は神代文字で書かれており、歴史を変える発見である。
一見、与太話とも取れる内容であるが、小峠の仕事は与太を書くことである為、噂の真相を確かめに来たのだった。
客間に案内された小峠は若い女中から出された熱いお茶を啜りながら、庄屋の主人が現れる瞬間を待っていた。
四方を襖で締め切った部屋は、隙間風が吹き荒れ、電球の明かりが左右にふらつくほどだった。
「お待たせしました」
庄屋の主人は襖を開けると片手で本を抱きしめるような出立ちで現れた。
「こんな夜更けにすみません」
「いえ、お気になさらず、こちらが小峠様の望まれた品です」
庄屋の主人は左右をキョロキョロ確認すると、小峠の前に本を置いた。
黒い装丁に糊で背表紙を閉じたその本は、比較的最近作られた本に見えた。
「中を開いてみてください」
小峠が中を開くと、見たことのない文字の羅列が細やかに並んでいた。
「これが神代文字ですか。読めないですね」
小峠が笑いながらカメラを構えると、庄屋は手で制した。
「写真撮影は不要です。この本は今日からあなたの物になるのですから」
小峠は庄屋に視線を戻すとさも当たり前であるような顔をしていた。
「私に? なぜくれるのですか?」
小峠が疑問を投げかけると庄屋は笑った。
「なぜ? 答えはその本に書いてありますよ。今日私がここでこの本をあなたに渡すと」
「本に書いてある? 何を言っているんですか? この本には何が書いてあるんですか?」
「この本には望む答えが全て書いてあります。ことの起こりから終わり。書いていないものはありません」
「もし、そんなことがあったとして何故私にそんな物を渡すのですか?」
「今日私が殺されるからです」
「殺される? 誰に?」
「あなたがそれを知る必要はありません。さあこの本をカバンの中に入れてお帰りください。何卒よろしく頼みましたよ」
庄屋は小峠の肩掛け鞄に本をねじ込むと襖を開けて外へ追い出した。
小峠は宿泊するつもりだったが渋々、夜通し歩いて東京まで戻った。
帰ってから1週間小峠はある噂を聞いた。
庄屋屋敷の主人が焼身自殺を図ったと。
主人は倹約家で女中など雇わず、妻にも娘にも逃げられるような男だった。
独り身だった庄屋は最後に神代文字の書を見つけたと嘘をついたが、誰からも相手にされず悲しくなり自殺したとのことだった。
〇〇村の庄屋の屋敷には沢山の本があった筈だったが、一冊残らず無くなっていたとのことだった。