雪の積もる町
童話の花束に応募した作品の供養です。
雪が積もるやや田舎の町、高校生の涼真は謎の現象に困らされていました。
「嫌ねぇ、いつになったら元に戻るのかしら」
「わかんねぇよ。そもそも俺のせいなのか?これ」
「雪の積もった場所で喋っても声が聞こえなくなるなんて、聞いたこともないわよ」
お母さんの言うとおりです。
一週間前に大雪が降り、村中に雪が積もると不思議な現象が涼真を襲いました。
雪の積もった場所。つまり、外で涼真が声を出しても、だれにも声が届かなくなってしまったのです。
「もう少ししても治らなかったら、病院に行ってみる?」
「神社か寺にでも行った方がいいだろ。……それより、明日学校だしもう寝る」
「はいはい、おやすみ」
涼真はいらいらしながら布団に入りました。
次の日の朝、涼真はなかなか解けない雪の中を歩き、学校へと向かっていました。
自身の声が誰にも届かない雪の中を歩くことは、とても憂鬱です。
「涼真、おはよう!」
そんな彼に、快活そうな声の少女が声を掛けました。
彼女は楓。涼真の幼馴染で、好きな子です。
おはよう、楓。
涼真はそう言いますが、その言葉も楓の耳には届きません。
「……涼真の声、まだ聞こえないね。でも今のは、挨拶してくれたでしょ」
声が聞こえなくても、楓は涼真の伝えたいことを理解してくれます。
けれど涼真は、楓に自分の言葉を伝えられないことがもどかしくてたまりません。
やるせなさを抱えながらも、楓の話を聞いて歩いているうちに学校につきました。
校舎に入ると涼真の声も他人に届くようになります。
け れど、涼真と楓は別のクラスです。
「じゃあね、涼真」
「ああ」
建物に入ってせっかく声が届くようになったのに、話しができる時間は残されていませんでした。
家に帰った涼真は相当落ち込んでいました。
せっかく久しぶりに、楓と登校できたのにほとんど話をすることができなかったのだから当然です。
涼真はサッカー部、楓はバスケ部。朝練などの都合で登校時間が合うことは滅多にありません。
この不思議な現象がなければ、雪が積もっていなければ、楓ともっと話ができたのに。
いらだちが募った涼真は、外に飛び出しました。そして、ありったけの大声で雪の中、叫びました。
次の日の朝、涼真が家を出ようとすると楓が家にやってきました。
玄関で会話を交わします。
「おはよう」
「おはよう、楓。朝からどうした?」
「回覧板持ってきたの。今日も朝練ないし。おばさんに渡してくれる?」
回覧板を母親に渡し、今日も二人で学校へ向かいます。
涼真の家の外に出ると、郵便受けの前に大きな雪の結晶が落ちていました。
直径が十五センチほどもある大きな六花の結晶です。
楓が手袋をした手で結晶を拾い上げます。
「すごい、きれい」
「こんなでかい結晶、初めて見たな」
そういうと、楓が驚いた顔をしながら、涼真の方を向きます。
「涼真、今声が聞こえた! 雪の中なのに」
楓は興奮しています。すると、そのはずみで六花の結晶が手から滑り落ち、割れてしまいました。すると、
「なんで声が届かないんだよ! 俺は、楓と話をしながら学校へ行くのが好きなのに。楓が話をしながら笑いかけてくれるのが、楓のことが好きなのに! 俺の声を返せよ!」
そんな大声が聞こえてきました。
涼真が前日の夜、外で叫んだ言葉、それが結晶が割れると同時に周囲に響き渡りました。
顔を真っ赤にした涼真が楓の方を見ると、楓も涼真に負けず、顔を真っ赤にしています。
「私も、涼真のこと好きだよ」
快活な楓にしては珍しく、小さく、けれどよく通る声で言います。
雪をも解かせそうなほどに真っ赤になった二人が、やっと溶け始めた雪の中、たたずんでいます。