2-3 しばしの
「オーケー。またスライムね……」
目の前に立つその粘性生物を見つめながら、柾はそう呟いた。
左の拳を前にして、半身で構える。
その動作を行うだけで、〈DPS〉によって変身した身体はカシャンと硬質な音を立てた。
『ワープホールとなるモンスターの基本形態は、スライムから始まる』
考一郎が、そう言って語り掛ける。
『ダンジョンが成長するにつれて複雑な形態に変化するようになる……周辺に存在する生物の情報を参考にして変化を行うようだ』
「そのうちネズミに?」
『人間態のモンスターが出現するまでに、ダンジョン最奥にいるはずのコアモンスターを討伐する。そうすればコアモンスターごと他のモンスターもすべて死ぬ……ゆえにこれが地球人類の勝利条件だ』
「時間制限は?」
『四ヶ月。……安心しろ。〈光の気配〉の試算では二ヶ月で攻略は終了する』
そりゃ心強い、と軽口で返した瞬間だった。
「っと! 危ねっ!」
スライムがその前面から、酸を噴射してきた。
素早く横に跳んで柾はそれを避ける。
そして自分自身、「液体って避けられるんだ……」と〈DPS〉のサポートを受けたこの身体の性能に引いている。
『いくぞ、戦闘開始だ』
「言うのワンテンポ遅くねえ?」
『まずは六種属性魔法の基本的な使い方からだ。――右腕、〈火魔法・1〉!』
抗議にも取り合わないで考一郎がそう叫べば、確かに言った通り、柾の右腕に炎が纏わりついてくる。
「これがさっき言ってたチャージの状態?」
『そのとおりだ。こちらで用意できるのはその魔法の種だけ。そこからは、お前が自分の力と判断で使い方を定めるといい』
「どうやって?」
『イメージだ』
んな適当な、と思いながらも。
「たとえば……こんな感じか!」
もう一度スライムが吐き出してきた強酸。
それを布で防ぐようなイメージをしながら、柾はその右腕を振り抜いた。
結果は――、
「お、マジでできてる」
『上手くいったか』
「ん? もしかして兄貴ってこっちの状況見えてない?」
『通信ラグがあるからな。基本的には音声のみを取っている。だからこれから戦闘中に必要な魔法があれば、声に出して伝えてくれ』
ふうん、と柾は頷く。
了解、と呟いて、ついでに今やったことを言葉にして伝えれば、
『いきなり上手い使い方だな。炎で壁を作る……名付けるなら〈ファイア・ウォール〉、あるいは〈ファイア・カーテン〉と言ったところか』
「名付けんでいい。あ、もっかい〈火・1〉」
秒も待たずに右腕に〈火魔法・1〉がチャージされる。
もう一度飛んできた酸も、柾はそれで上手くガードした。
「一応チャージかけといて。左手」
『了解。魔法の感覚は掴めたか?』
「大体。……ただ、六種の中のさ、金ってどんなやつなの」
『ああ。それだけは少し勝手が違うかもしれないな――右手に出すぞ。〈金魔法・2〉』
言葉とともに、ふっとその手が重くなった。
見れば、確かに金属が纏わりついている。
「……これ、どっから出てきた?」
『細かいことは気にするな』
「いや気にするだろ。質量保存どこいった」
『錬金術も魔法の一種だ』
錬金術もこんなやつじゃないだろ、と思いながら、
「これはどうやって?」
『イメージ次第で武器になる。試してみるといい』
ふうん、それじゃあ、と。
まずは試しに。
「お、剣になった」
『大きさや強度は使った魔力による。複雑さはイメージ次第だが、銃器のようなものを作る理由はほとんどないから、あまり気にする必要はないだろう』
「なんで?」
『実際に使ってみるといい』
なんとなくこうなるだろうな、という予想があった。
だから柾は、特に迷うこともなく、地面を蹴って、スライムに向かって駆け出した。
朝方に動いたときよりも、随分身体の使い勝手には慣れた。
が、それでも少しばかりその制御に苦戦しながら――、
「――い、よっと」
スライムの胴のあたりに、〈金魔法・2〉によって生成された剣を、するりと通し抜けた。
ついた加速を急に止めることはできない。
柾は身体を反転させ、地面を二度三度と抉りながら水切りの石のように跳ねて、少しずつその勢いを削いでゆき、やがて随分遠く離れたところでようやく停止する。
するとその頃ようやく、ずるりとスライムが真っ二つに割れるのが見えた。
「……単純な構造で十分強いから、ってことね」
『理解力の高い弟を持つと、兄貴は楽でいいな』
柾は右手からその剣が消えていく――その不思議な現象を目の当たりにしながら、諸々考えている。射程や威力を簡単に弄れるようだったら、変に魔法を使うよりもこれ一本でやったりするのもシンプルで良さそうだ、なんてことを。
「あ、でもあれか。複数出て来たときなんかはこういう一対一に使うようなやつじゃない方がいいのか」
『そうだな。他にも、金魔法は他の属性の魔法を付与して使うこともできる。まあ、後は徐々に使っていくうちにやりやすい方法を見つけていくのがいいだろう。そのあたりは個人差だ』
了解、と柾は頷いて。
「この後どうすんの? 倒しちゃったけど」
『一旦帰還する。……お前はまだ元気そうだが、一応今日はただの様子見だったからな。スライムを前にお前が動けなくなることも考慮して、スケジューリングに余裕を持っている』
「よかったな。肝の太い弟で」
そう言いつつ、実際のところ、自分が図太いとかそういう理由からこの状況に適応できているわけじゃないんじゃないか、と柾は思っている。
だって、いくら図太かったとしても普通はもっと怯えたり躊躇ったりすると思う。
いくらこんなわけのわからないパワードスーツみたいなものを貰ったからといって、自分の身長よりでかくて強酸を吐き散らかすモンスターと対峙したら、普通は泣いて命乞いするんじゃないかと思う。
それが、不思議なくらいに落ち着いている。
ここまで来ると、自分の気持ちの問題というよりきっとあまりの状況にふわふわと現実感がないからで――、
『おっと』
踵を返そうとしたところに、考一郎が言った。
「ん? 何?」
『いや、肝心なことを忘れていた。戦闘が厳しくなったときの、奥の手がある』
はあ、と気のない返事になったのは、特にそれが何なのか想像することもできなかったから。
『レベルアップだ』
「レベル……。ああ、いま2になってるやつ」
どうして1ではなく2なのか、と考えて、
「敵とか倒せばそのうち上がるってこと?」
『いや。そんなわけがないだろう』
「そんなわけがないだろうってなんだよ」
『冷静に考えろ。お前、たとえば部屋に出てきた蚊を叩いて潰して、それでいきなり劇的に強くなったりすると思うか?』
「いや、冷静に考えるなら蚊と宇宙生物を一緒にするなよ」
まあでも確かにそうか、と柾は思って、
「んじゃどうすんの」
『ふんっ、と気合を入れてみろ』
「…………」
『ふんっ、と気合を入れてみろ』
これやるまで延々言われるやつだな、と長い付き合いでよくわかっていたので。
試しに、と柾は気合を入れてみた。
「ふんっ」
すると、視界端に追いやられていたステータス画面が、こんな風に変化する。
――――――――――――――――――――
Name:塔山 柾(Tohyama Masaki)
Level:3
HP:10^3
MP:10^3
ATK:3
DEF:3
MAG:3
AGI:3
Skill:六種属性魔法(火・水・風・金・雷・光)
――――――――――――――――――――
「このシステム考えたやつすげー馬鹿だろ」
『そう言うな。便利なんだ』
いや確かに便利だけど。
めんどくさい雑魚戦でレベル上げ、みたいなものが一切ないのは、自分としては好感触であるけれど。
「無茶苦茶だろ……ゲームとして成立してないぞ。HPとか平然と十倍になってるし」
『人生はゲームじゃない。勉強になったな』
「やかましいわ。……これ、もしかしてずっとこの倍率で成長してくわけ?」
ああ、と考一郎の頷く声。
『レベル100までな。ただし、気を付けろ』
「何に?」
『レベル100になると〈DPS〉がオーバーヒート。爆発してお前ごと死ぬ』
「何を弟に時限爆弾みたいなもの装着させてんだ!! ふざけんな!!」
ははは、と声は返ってきた。
ははは、じゃねえだろと柾は憤っていた。
「つまり……まあ、その、俺はほぼ〈DPS〉付きなら無敵だと」
『ああ。まず間違いなく、この程度の外来星物が相手ならお前は負けない』
「でもあんまり楽しようとしてレベルを上げ過ぎると、爆発して死ぬと」
『そうなるな』
「そうなるなじゃないんだよ」
はああ、と大きく柾は溜息を吐いて。
「やり過ぎず、やらな過ぎず……まあ適当に、ってとこか」
『そんなところだ。一通りわかったようなら、今夜ももう遅い。明日は日曜とはいえ、そろそろ引き上げるとしよう』
「了解。……ちなみに、どうやって上に戻ればいい?」
『人は一般的に上に移動しようとしたとき――』
「ジャンプしろってか。わかりましたよ」
昼間に公園を離脱したときと同じ要領。
最初に落ちてきたところまで戻ってから、柾は大きく両足に力を込めて。
ひょい、と。
「慣れたらしいな」
ちょうどノートパソコンを畳んだ考一郎が、ごく冷静な、いつもの顔つきでそう言う。
「おかげさまで」
それに柾は、疲れ切った顔で応える。
いつの間にか、夜は静まり返っている。
しばしの安息を思う存分に、とでも言いたげに。
+ - * /
その夜も更け切り、朝日の気配まで東の空からひっそりと漂い始めた頃。
〈DPS〉と化してしまった柾の携帯に、一通のメッセージが届く。
たったの十六文字。
些細な言葉。
差出人は、クラスメイトの不登校児。
こんな風に、書かれていた。
『塔山って、スーパーヒーロー?』




