7-6 俺を
話がしたい、と言えば、考一郎は思いのほか簡単に頷いた。
その場ではしなかった。「結構盛り上がってきたところだったのに」なんて言う七澄を置いて、二階の考一郎の部屋へ。扉を閉めて、電気は何となく、点けないで。
殺風景な部屋。
置いてあるのは、やたらに大量の増設がなされている水冷の自作PC。値段だけを見て買ってきたメタルラック。保健室のものと取り換えても大して違和感のなさそうな、色気のないベッド。
立ったまま、二人は。
また、間合いを測るようにして。
「聞いた」
けれど、今回だけは、柾からきっぱりと言えた。
さっきの……明け透けな会話のおかげで、助走ができていたから。
傷つく覚悟ができていたわけではないけれど。
あるかもしれない未来に、一時的に目を瞑るくらいのことは。
「俺が、あんたの両親を殺したって」
「……その言い方は、正確ではない」
低い声で、考一郎は言う。
「まず、お前自身ではない。対象03は人格的にはほとんど完全にお前と分離している。少なくともその点に関してお前に尾を引くものはあってはならないし、それに、殺したかどうか、というのも定かではない。同意殺人として考えるのであれば――」
「いいよ。無理に俺の味方しようとしなくて」
それを短い言葉で、柾が遮る。
どうせ、彼の言うことは何も信じられないのだ。
人間の発する言葉の九割九分はその人自身の意思から発されるものではない。
立場。ポジショントーク。
その人間がどういう立ち位置にあって、これまでの人生においてどういう役割を演じてきて、何を守らなければならないか、何を捨ててもいいと思っているか……そうした環境設定、あるいは自己規定が言葉を作っている。
完全な根拠と瑕疵なき論理によって導き出される必要十分な主張を成しうる機会が社会的コミュニケーションの場においてはほとんど無視して構わないほど稀なものである以上、根拠と論理があって主張が行われるのではなく、何らかの主張のために根拠と論理は探索される。
あらかじめ、彼には演じなければならない役割がある。
対象04の理解者。家族。感情の預けどころ。
であるなら、初めから彼は自分に対して好意的な言動を行うほかに選択肢は持たず、そして、その行為の連続はきっと、彼自身の持つ感情すらも欺き始める。
ゆえに柾は、多くの言葉を交わすつもりはなかった。
会話を重ねれば重ねるほど、彼の言葉は彼の立場に隷属していくと確信していたから――だから、必要最低限の質問だけを、回答だけを、するつもりでいた。
「俺のこと、嫌いか」
それは、かつてと同じ質問。
イエスともノーとも返ってこなかった、質問。
考一郎は、すぐには答えない。
今度はちゃんと、柾もそうなることを予想していた。
だから、辛抱強く、彼の重たい口が開くのを待って。
「……そんなに、単純なものではない」
低い声は、そう言って。
「初めは、一種の復讐だった。自分の両親を殺した生物を支配下に置くこと……それから、自分を置いて死んだ両親よりも、自分の方がずっと上手く手綱を握れると証明すること。それが、俺の目的だった」
「…………」
「けれど、ただそれだけで語れるものなら――」
こんな状態にはならないのだろう、と彼は。
ただ、客観的に事実を指摘するような声で。
「確かに、俺はお前のことが嫌いなのだと思う。一面の事実として、それは確かだ。さっきはああ言ったが、今でも俺は、お前を『自分から両親を奪った生き物』として認識している」
「…………そうか」
「だが、それも所詮は一面でのことだ。四年に及ぶ生活接触、強大な存在に対する憧れ、内心に抱えていた孤独感――俺という人間は、たかだか『自分自身である』程度のアドバンテージではとても敵わない程度には把握困難な人間であるし、またその感情の矛先であるお前については、なおさらそうだ」
「……俺には、地球人類の方がずっと、俺より複雑な生き物に思える」
「それは主観性と種族的な孤独が見せる錯覚だ。……と言い切ることはできないが、客観的に観察した結果としてお前は人間よりも遥かに複雑な要素を持つ存在であるし、たとえ一般的にそうでなかったとしても、俺の主観思考においてはそういう存在になる」
そこで、一度考一郎は話を切って。
「……悪いな。俺は、コミュニケーションがあまり得手ではない。難しい言葉と持って回った話しぶり……お前の方が、よほど若年世代との対話に適性がある」
「知ってるよ。〈DPS〉を渡してきたときだって滅茶苦茶だった」
「必死だったんだ。どう理論づけても俺の会話能力ではお前を納得させられるシミュレーションができなかった。勢いで納得してくれればと考えて……」
〈DPS〉。
〈Disaster Prevention System〉。
今になると、この名前の意味も、わかってくる。
「これ、俺を管理するための首輪だったんだろ」
ポケットから、それを取り出しながら。
それに手を伸ばすでもなく、考一郎は頷いた。
「一面としては、そうだ。災害回避システム……それは、お前自身を災害化しないためのプログラムだった」
考えるところは、大体わかっている。
数値化は暗示の側面を持つ。保持する力の量の明示は、たとえそれが嘘のものだったとしても、意思持つ生き物にその限界についての認識を与える。
そして、あたかも自身の力のみでは魔法を――サイキックを使えないかのように錯覚させるための、持って回ったあのサポート体制。
侵略による災害を防止するためのシステムではなかった。
これは、まだ自覚のない強大な生き物の力を抑え込むためのシステム。
「01の時代に残っていた文献を参考にした。……初めは、人として扱われていたと。そうして過ごすことができていたと。お前の種族はエネルギー効率に関する本能が酷く強い。不活性状態では人間と大して発散熱量が変わらないことから、それでも無理なく生活できるだろうと考えていた」
「でも、いつかはわかった」
俺は死なないから、と柾が言えば。
それも計算の範疇だった、と考一郎は応える。
「人類は、お前から同情してもらわない限り、この星を防衛して存続していくことができない。だから、その発覚の前までに人類に愛着を持ってもらう必要があった。……そして、それで十分だった」
「騙されてたことに憤るとは思わなかったのか?」
「……俺の落ち度だ。最低でもあと十年は地球への侵略はないものと思っていた」
「あと十年あれば、憤りを愛着が凌駕するって考えてたわけか」
「…………そうだ」
柾は、ゆっくりと瞼を閉じた。
話が脱線し始めていることを、理解したから。
こんなことが訊きたいわけじゃない。
もっと短いセンテンスがある。必要で、最低限で、できるだけ相手の内心を歪みなく見通すことができるような言葉がある。
そのはずだ、と探して。
見つけた。
「……あんたは、俺にどうしてほしかったんだ」
結局は、そのことだった。
対象03にまつわる昔話など、どうだってよかった。
塔山夫妻だって、目の前にいるこの人間個体の愛着先であったという以上の情報タグをつける必要のある存在だとは思えない。
人間として扱ったのが、愛着による首輪だったというなら、それでいい。
〈DPS〉を渡したのが、システムによる首輪だったというなら、それでもいい。
脆弱な生き物だから。人間がするその程度のことは、許されてもいい。
だから、訊きたかったのは。
自分が脱走してからのしばらくの間――媚びへつらうこともなく、しかし締め付けることもなく、付くとも離れるとも振り切れなかった、この目の前の人間が。
一連のその行為に、彼自身、どういう意味付けを見出しているのか。
それによって自分にどんな行動に出てほしかったのか、どんな感情を起こしてほしかったのか。
そのことを、訊きたかった。
時計の音が聞こえる。
窓の軋む音に、家の外には強い風のあることを知る。
一分。
「俺は……」
二分。
三分。
四分。
それでも、柾は、待ち続けて。
期待を押し殺して。
心を守るためのあらかじめの失望を、どこかへ捨てやって。
ただ、その、会話の終わりを。
「お前に、すべてを決めてほしかった。
壊したくて、守りたくて、隠したくて、暴きたくて――。
自分では、もう、どうにもならなかったから。
だから――俺はお前に、すべて、決めてほしかったんだ」
その言葉が本当なのかどうか。
柾は、知るすべを持たない。
だから、その言葉を受け止める代わりに、頷く代わりに、懐にしまい込んで、一言だけ、言葉を返した。
「俺はあんたに、俺を好きになってもらいたかったよ。考一郎」
部屋の中で少しだけ、涙は流れた。
その後は、階段を降りて、四人で食事を。




