7-5 毒入れとく
「……君は、」
と考一郎は。
ソファに座る高校生くらいの女性に向かって、話しかけた。
「柾の、友達か」
「そっす」
七澄は、それに軽く頷いて、テレビを点ける。
どの局もいまだにニュース番組ばかり……けれど、芸能人の食べ歩きの番組だけはいつものとおりに放送していることに気が付いて、そこでザッピングを止めた。
そうか、と考一郎は頷いた。
この部屋は広い。
リビングとキッチンでそれぞれ会話していても、その内容がよく伝わらない程度には、距離が開いている。
「訊かないんですか」
「……ああ」
けれど、考一郎にはわかっている。
この会話も、柾には聞こえているだろうということ。最後に確認した運動能力から推察される身体パラメータからすれば、この程度の距離でも音を拾うことに支障はないだろうということ。
だから、話すつもりはなかった。
「一応、なんですけど」
しかし、彼女は。
「聞こえないようにしてますよ」
それから考一郎は気付く――距離の問題ではない。キッチンからの情報を、自分の身体がまるで受け取れていないこと。音もなければ、気配もない。単なる移動距離による情報量の減衰の問題ではなく、空間に何らかの障壁が広げられているのだ、ということに。
現代科学技術ではとても可能なものではない――まして、柾の発する情報を遮断するなど、それこそ、
「……そうか。君が――」
「そうですね」
半分宇宙人です、と。
彼女は、言った。
+ - * /
「私のこと嫌いでしょ」
冷蔵庫を開けて「肉あるじゃん」と考えていたときにかけられた言葉がそれだった。
言われたことの意味を理解するのには、それでも時間がかかる。言語コミュニケーションというのは複雑で、たとえ無敵の宇宙生物であっても理解に時間をかける必要がある。この星の、やたらに虚実を織り交ぜて話す生き物を相手にしたときは、なおさら。
そしてそれを理解してからも、あまりにも図星すぎたからすぐさま否定することはできず。
「だと思った」
その沈黙自体が、回答になってしまう。
「私が家に来るとすごい嫌な顔してるから」
「……はあ。まあ、そっすね」
「ブラコン」
ピーラーで彼女がジャガイモを剥く音。
柾は冷蔵庫の扉を開けたまま、電気がもったいないとは思いながらも、その中身を確かめているふりをして。
「どうせあの馬鹿は言わないだろうから、私が代わりに言っておいてあげるけど」
彼女は柾を見ないまま。
「あいつの家族、03に殺されてるから」
「…………」
「対象03。あんたの前人格」
聞きたい?
と彼女は言う。
聞きたくない、と拒絶しないことも、やはり一つの回答になる。
「自分の人格喪失条件はなんとなくわかってるでしょ。レベル100相当。全力を出した後だと、人格丸ごと消費するレベルのサイキックを使わないと回復が効かなくなる。
でも、01、02、03……そいつらの人格喪失は、そういうエネルギー的な必要に迫られたものじゃない。そもそも、外来星物の親玉が出てこない限り、レベル100なんて絞り出す必要がない。同格の相手なんて、どこにもいないんだから」
「…………」
「サンプルケースが少ないから明確な根拠があるわけじゃないけど、たぶん、」
過学習、と彼女は言った。
「人間の精神性を学びすぎる。生活に寄り添いすぎる。そういうことをしてるうちに力の制御が……っていうより、精神の制御かな。そっちが効かなくなって、破綻する。
01――土着神として信仰された頃は、巫女と情死。02は戦争の見過ぎと人類社会への失望で第七大陸を沈めたあと自殺。03は……」
彼女は、そこで言葉を切る。
悪意によるものではない。ただ、その出来事を、自分の言葉でどう言い表すかを迷ったのだろう、そのために。
「置いていかれたくない、ってさ。自分以外の生き物が、自分より先に死ぬのに耐え切れなくなった」
「……それで、なんで塔山夫妻が」
「研究者としてもコミュニケーション対象としても優秀だったから。対象03と一番深く心を通わせてた。ただそれだけの話。……実際には、どういうやり取りがあったのかわからないけどね。二人とも、わざとそのあたりの記録は残さなかったみたいだから。
単に同情で一緒に死んだのかもしれない。それとも『自分と一緒に死なないなら地球ごと』なんて脅しがあったのかもしれない。心中に付き合うことで対象04以降の潜在意識に人類への執着が生まれることを期待したのかもしれない。
でも、過去なんて本当は、存在しないようなものだから。記録がないなら、誰にもわからない。……あっても、100%は信じられない」
人間の心と同じ、と。
二人のうちのどちらかが、呟いた。
「どうせあいつはそういうこと言えないから。言い訳が嫌いすぎて説明すらできないやつ」
「……それは、そうすね」
「あんたも放っておいたら訊かないだろうし。学習元があれのせいで、遠回りっていうか、臆病っていうか、陰湿っていうか……グラタンのお皿どこ?」
冷蔵庫の扉を閉める。
その代わりに前川の隣に立って、キッチン上部の扉を開く。耐熱容器。持ち手のついたものが二つと、ついていないのが二つ。それをカウンターにとりあえず置いて、
「玉ねぎ切っときますね」
「ごめん。私、玉ねぎはアレルギーある」
「え」
「別にそんなに大した症状でもないんだけど、頭痛くなるから。マカロニなかった?」
そっちにする、と彼女は言う。
訊いておいてよかった、と考えてから柾はふと思い立つ。七澄にそういうのはないのだろうか。移動用宇宙生物の生態にはそこまで詳しくない。リビングの方へ行って訊いてみようか。
そう思って、そちらに目線をやっていると、
「そこから先は、本人に訊いて」
彼女は、言った。
「…………」
「なんであいつがあんたを引き取ったか、とか、そういうの。私は言うつもりないから」
そのくらいは苦労しろ、と。
彼女は、突き放すように。
「あと私、あんたのこと嫌いだから」
「……」
「自分を嫌いなやつのこと好きになれるわけない……っていうのもそうだけど、塔山博士たちのこと好きだったし。今でも考一郎がやってることは間違ってると思う。自分の家族を殺した相手を捕まえてへらっへら笑って、家族ごっこして」
それを許してる〈光の気配〉も、と。
「怯えて、畏れて、そのくせ対等に扱おうとしてみたり、プライドだけが先行して支配下に置こうとしたり……やってることがメチャクチャ。自分たちがどんな立ち位置なのかも把握できてないから、一貫性もない。
善意に頼るなら、組織なんて作らなければいい。
契約をするなら、とことん冷たくなればいい。
あんたの存在は人間を混乱させて、惨めなものにしてる。それなのに当のあんたは、自分がどういうものなのか理解してからもまだ、そういう弱っちい生き物に媚びへつらったり、同じ生き物ですなんてふりをしてみせてる。
――――そういうのは、端的に言って悪趣味だと思う」
こんな風に、と。
柾は思った。
こんな風に、思っていることを全て口にできたなら。
初めからこんな風に、お互いの意思を交わすことができていたら。
ひょっとすると、と。
「傷ついたふり?」
「……いや、」
柾は、ゆっくりと首を横に振って、
「お前は俺にとって大切な存在じゃないから――何を言われても、心に響くことはない」
「あ、そ。よかった。ご機嫌損ねなくて」
「ただ、俺の悪趣味が終わったら、対象05はお前が管理するといいと思う」
「――は」
彼女が目を見開いて、柾を見る。
そのときには、彼はもう、目線を切っている。
「考一郎と話がしたい。キッチンは任せてもいいか」
「…………」
彼女はしばし、優先順位を検討する、あるいは打算を働かせる表情を隠しもせず。
ふい、と同じく視線を切って。
「あんたのには毒入れとく」
「好きにしろよ、下等生物」
剥き出しのピーラーが飛んできて、少しだけ、柾は笑った。




