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Slow Encounter 04  作者: quiet
24/30

7-3 すご





「こらこらこら。それ万引きでしょ」

 そう七澄に言われるまで、この星のルールを忘れていた。



 スーパーマーケットの中にいる。

 買い物かごの中には、とても一食二食では使いきれないくらいの食料が入っている。それを手に持ったまま、こじ開けた自動ドアから出て行こうとしたところを、七澄に止められた。


 好きなものを手に取った。

 普段だったら少し尻込みするような五百円のチョコレート。異様に強気な値段の果物ジュース。高いカップ麺……は別に今食べるものでもないと思ったから、高い野菜とか。肉や魚は流石にもう腐り始めているような気がしたから、やめておいて。缶詰で代用できそうなものを考えたりなんだり、肩を並べて、ときには額まで触れるような距離で、店内を隅から隅まで物色し続けた。


 あまり健康的とは言えないようなラインナップになってしまったけれど。

 まあ、鍋にでもすればそこまで問題はないだろうと思って、その場を後にしようとして。


「……なるほど。そういう考えもあるな」

 何らの清算も済ませないままだったことに気付いて、まじまじと柾は、手元のその籠を覗きこんでいた。


「でも別に、よくないか」

「よくないでしょ」

 地球を滅ぼそうとしたくせに窃盗はダメなのか、と言おうとした。

 ダメだろうな、となんとなく思った。ゲームも漫画も映画も、大犯罪人には優しいが、軽犯罪者には厳しい……そんな気がする。


 ほらこっち、と七澄がレジカウンターの方へと進んでいく。

 それに従って、柾も続いていく。


「使えないだろ、それ」

「ほんとだ。電気要るんだ、こういうの」

 バーコードリーダーを手に取りながら七澄が言うのを、そりゃそうだろ、と思いながら柾は聞いていた。


 辺りは暗闇だった。


 夜に出てきた。そして、東京は珍しくほとんど明かりがない。避難地域に指定されたために、人が一人もこの場所に留まっていないからだ。


 スーパーの店内を回るのだって、サイキックで光源を用意しながら……あるいは、超感覚を扱いながらでないと、いつもどおりにはできなかった。


 当然、レジが動くわけもない。

 そういえばポケットの中に入れっぱなしだったな、と思いつつ財布を取り出しながら、柾は、


「どんくらいだろ、これ。結構高いの取ったから二万くらいか?」

 万札を一枚。


「えー。三万くらいいってない?」

 同じ動作で、七澄が財布を開く。


 そして、ぎょっとした。

 その中に入った、万札の枚数に。


「お金が感情と交換可能な家庭の出身ですので」


 その視線を察したのだろう七澄は、それ以上言うこともなく、万札を二枚抜きとって、柾の万札と重ねる。レジを開けようとして、開かないや、と言って、そりゃそうだろ、と言われる。


「悪いな。五千円渡したいんだけど、今ので財布が空になった」

「ヒモみたいでいいじゃんね」

「よくはないだろ」

「そうかな。私はちょっとこういうの、興奮するけど」


 趣味悪、と柾は言った。

 多様性だよ、と七澄は答えた。


 今度こそ、スーパーから出て行く。

 二月ももう終わりが近い。けれど寒暖差はいまだ激しく、夜の少し濡れた空気の中では肌寒さを感じることもあるはずだった。


 人間なら。


「星」

「ん?」

「すご」


 めっちゃ出てる、と彼女は白く息を吐いた。

 釣られて柾も、夜空を見上げる。


「明かりがないからか」

「普段は全然見えないのにね」

「あ、でもあっちの方はあんまり」

「東京って狭いんだねー。向こうってどっちだろ。千葉?」

「だっけ。どうだろ」


 人灯は今、一時的に絶えている。

 宇宙生物同士が戦うなんていうB級映画みたいな予告がされているおかげで、誰もこの場所にはいられないから。


 東京では星が見えないというのは、もちろん東京の空には実体として星がないという意味ではない。単にそれよりも強い光が、星明かりを掻き消してしまうということに過ぎない。


 だからこんな状況になれば、目を見張るくらいの満天が、鮮やかに。


「塔山ってどっから来たの?」

「あれ」

「どれ?」

「オリオン座の横」

「なんて名前?」

「知らない。適当に言ったから」


 何それ、と彼女は笑った。

 意識体の、サイキックによって生み出された彼女。頬が少し赤く染まって、誰が見ても本物としか思われない。


 そして、本物と思っても構わない――少なくとも、柾はそう思っている。

 アイデンティティが肉体ではなく精神に存在しているとしたら、コアにいる彼女が生み出した分身体である彼女は、七澄京子であると言い切ってしまっても構わない。そういう風に、決めている。


 星は夜空のいっぱいに散らばっている。

 輝く砂を、銀河中に広げたように。


 そしてそれをビル群の無機質な――黒と呼ぶよりももっと息吹に乏しい灰色の影たちが、少しずつ切り取っている。かえってそのことが、余計に星空のきらめきを際立てているようにも思えた。


「見えるところにはない。もっと遠いところから来たんだ」

「それも適当に言ってる?」

「うん」

「本当は知らないんだ」

「そうだよ」

「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」

「ゴーギャン」

「クイズゲームに聞こえた?」


 いや、と柾は唇だけ動かして言って、


「会話を続けたかっただけ」

「かわい」


 静かな街だった。


 柾の鋭敏になった聴覚でも、それほど多くの音は聞こえてこない。風の音。どこかで何かが軋む音。締まりの悪い水道から雫の垂れる音。銀河の光る音。遠く遠くの国で誰かが溜息を吐く音。そのくらいのものしか聞き取れないし、あるいはそれすら聞き取る必要がない。


 ダンジョンの中にも不意に静かになることは何度もあったけれど。

 喧騒の不在は、単なる沈黙以上の静寂を、この場所に与えていた。


 大通りに出た。

 迷いなく、七澄はその車道の真ん中を歩いていく。


「すごい快適」


 その横に柾が並んで歩く。

 彼女は続けて、


「普段自動車がどのくらい私たちの生活を圧迫してるかわかるよね」

「どうした急に」

「いや、会話を続けたかっただけ」

「パクるなよ」

「パクるよ。そもそも言語って他人の作った言葉を盗み合って作られたものでしょ」

「誰が言ってた?」

「クイズゲーム」

「七澄京子」

「当たり」


 月が大きい。

 どれだけ歩いても、距離は縮まらないけれど。


「あのさー」

「ん?」

「クラスの子たちと連絡取ってる?」

「いや全然。それどころじゃないんだろ、みんな」

「一回も?」

「一回だけ。七澄が俺いなくて即帰ったって話のとき」

「え、」


 驚いたように、彼女は柾を見上げた。

 だから柾も、彼女を見た。月明かりに頬を白く照らされて、前髪が星明かりに影を作る、彼女の顔を。


「誰?」

「浅沢」

「ああ……浅沢くん、塔山のこと大好きだもんね」

「え。そうなの」

「いや、だって朝とか真っ先に話しかけにきてたじゃん……私は邪魔だなっていつも思ってたよ」

「かわいそうに」

「どっちが?」


 はぐらかして笑って、道を曲がる。

 見覚えの強くある道――それは、塔山家へと続く道。


 どっちに行くか、最初に少しだけ迷った。

 塔山家に行くか、それとも七澄家に行くか。


 距離は大して変わりはない。あとは料理の都合上キッチン設備だけ――七澄が自宅のそれをよく把握していなかったことから、それじゃあ塔山家に行こう、とさして揉めることもなく決まった。


 それで、とひそかに柾は考えている。

 食事を摂って、久しぶりに大して必要もない入浴を娯楽目的でして――その後はただ、ぐっすり眠る。


 あるいは、と。


「あれだよね」

「うん、そう」


 七澄が先に出る。

 しかし当然、知覚能力の格差のために、柾の方が先に気が付いた。


 ストップ、と彼女の手首を握って。


「誰か家にいる」

「え」


 あまり想像はしていなかった。

 そこに人を置いたところで、大した意味がないと思うから。地球上の戦力では自分を止められはしない……それができるなら、そもそも自分などに頼りはしない。


 監視も待ち伏せも、何の意味もない。

 そこに居続けたら、コアとダンジョンの崩壊に巻き込まれて死ぬ可能性が高い。


 そんな場所に、人を置く意味がない……そう思うから、だから、予想していなかった。


 一応、と柾は七澄より前に出る。別に、移動用生物との融合によって生み出された意識体の状態の彼女が不意を打たれるとも思わないけれど……念のため。


「ほんとだ」

 家から洩れる明かりを見て、七澄もそう呟いた。


 家の前、玄関に立つ。

 ドアノブに手をかけて、押そうとして。


「鍵……」

 持ってたよな、と財布の中から平たいそれを取り出そうとして、しかし。


 それよりも先に、ドアはガチャリと開いた。




「……おかえり」

 塔山考一郎。



 彼が、そこに立っている。




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